肝臓腫瘍について(再掲載)

第10回日本獣医がん学会(再掲載)

2014-5-8(木)学会レポート再掲載です。

 今年(2014年)1月下旬、山下は第10回日本獣医がん学会に参加してきました。今回は大阪のホテルニューオータニでの開催でした。学会でのメインテーマは肝臓腫瘍です。肝臓腫瘍以外にも神経腫瘍や消化管腫瘍など様々な腫瘍に関する症例検討、臨床研究、外科・内科的対応の検討など活発に議論されています。今回の日本獣医がん学会レポートではメインテーマである肝臓腫瘍についてオーナー様向けに報告したいと思います。なお、学会レポート掲載が今回はかなり遅れてしまったことをお詫び申し上げます。

肝臓腫瘍というのはよくある腫瘍なの?

 肝臓腫瘍はよくある腫瘍ではありません。体表にできる腫瘍、乳腺腫瘍のほうがよっぽどよくあるワンちゃんの腫瘍です。ましてや肝臓原発(肝臓スタート)の腫瘍となると稀といっても過言ではないかもしれません。肥満細胞腫など他の腫瘍が肝臓に転移する転移性肝臓腫瘍の方が一般的だと思います。
 一口に原発性肝臓腫瘍といってもその中身を詳しく見るといろいろ種類があります。肝細胞腫瘍、胆管細胞腫瘍、肝カルチノイド、リンパ腫、血管肉腫などです。それぞれの性格は全然違いますが、ひっくるめて原発性肝臓腫瘍と呼びます。もちろん非腫瘍性の腫瘤ができることもあり、これは結節性過形成と呼ばれる良性病変です。
 最初に肝臓原発の腫瘍は稀と書きましたが、その中でもワンちゃんでは胆管細胞腫瘍、肝カルチノイド、リンパ腫、血管肉腫(すべて原発性)は非常に稀なために今回はあまり触れません。原発性肝細胞ガンに焦点をあてて書いていきたいと思います。

肝臓腫瘍の診断の要は塊でボンッ!とあるのかどうか

 肝細胞腫瘍を早期発見しようと思ったら非常に難しいと思います。半年に一度でも全身の精密検査を行っていれば発見できるかもしれませんがそういう発見例は少なく、大多数は何らかの症状がでてから、つまりガンが進行してからの発見となります。これぞ肝細胞腫瘍!といった特異的な症状は特になく、なんかおなかが張っているや食欲不振、元気消失、下痢・嘔吐といった他の病気でもありうる症状が見られます。そのような症状に対して一歩踏み込んだ検査を行うことによる発見が一般的だと思います。
 肝臓腫瘍の診断においては、例えば血液化学検査でALPが顕著に高い、低血糖(犬の腫瘍性低血糖ではインスリノーマの次に多いのが肝細胞ガンです)という重要な所見もありますが、今学会を聴く中で特に重要だと感じたのは画像診断になります。エコー検査やレントゲン検査で実際肝臓に何かできているのか?を見ることは当然として、そのできたものが塊状(孤立性)なのか多発性(び慢性)なのかというのを診断することこそが一次診療施設において重要なところだと思いました。なぜなら、塊状か多発性かでこれからの対応が全く違うし、ひいては予後も違うからです。塊状だとまだなんとかなる可能性が高いし、多発性だと厳しい予後を覚悟しないといけないからです。

肝臓の塊状腫瘤、良性か?悪性か?

 犬の肝臓に塊状(孤立性)の腫瘤ができた場合、その多くは肝細胞ガンか結節性過形成です。胆管細胞ガンやカルチノイド、血管肉腫などは少数例になります。この2つを見分けるためには、組織診断が必要となります。ここでやっかいなのはこの2つは細胞診や小組織診断(トゥルーカット生検など)では見分けが付かないことが多いということです。画像診断で肝臓に塊状腫瘤があるのは分かったが、それが良性病変か悪性病変かはだいたいの予測しかできなく、摘出して組織診断をしないと確定的なことは言えないということです。疫学的なところや、獣医師のカン、画像診断所見(腫瘤のサイズなど)で肝細胞ガンか結節性過形成の予測はできますが、確実ではありません。
 肝臓腫瘤診断においてエコー検査の有用性は言うまでもありませんが、良性の腫瘤なのか悪性の腫瘤なのかは通常のエコー検査では鑑別不可能です。しかし、造影エコー検査を獣医学にも応用することでこの鑑別を可能にしようという試みがされてきています。ソナゾイドという造影剤を用いて肝臓腫瘤の鑑別を行うことは人の医学では確立されていますが、獣医学ではまだ確立されていません。しかし、腫瘤が悪いものなのか良いものなのかの鑑別が人と同じ様にできることは分かってきています。造影エコー検査はワンちゃんに負担の少ない検査なので、これが確立されると診断の大きな柱になってくると思います。造影エコー検査の欠点をあげるとするならば、まず検査する獣医師の力量に左右される検査であることと、造影に対応したエコー機器を用意しなければいけないことです。当院ではソナゾイドに対応したエコー機器を備えていないために残念ながら対応できません。

肝細胞ガンってどんなキャラなの?

 ここからは塊状腫瘤の治療の話です。肝臓に大きな塊状腫瘤ができたと仮定しての話になります。だいたい30㎜以下の小さい腫瘤の場合は結節性過形成が多いので、大きな腫瘤=肝細胞ガンという想定をします(術前にこれがなんの腫瘍なのか分かっている例は少ないです)。
 まず、肝細胞ガンの性格を考えます。この性格を私はすごく不思議だなぁと思っています。肝細胞ガンは悪性の腫瘍なのですが意外に再発や転移をあまりしません。いろいろなところに悪いことをしにいかないのです。難しくいえば、生物学的挙動の比較的よい腫瘍です。肝細胞と起源を同じくする胆管細胞のガンがめちゃくちゃ悪い挙動をするのになぜ肝細胞ガンの挙動がよいのかは謎です。肝細胞ガンは血管の豊富な腫瘤を形成するのになぜ転移しにくいのか?とにかく謎が多いのですが、とにもかくにも挙動がよいということは外科的にきれいに摘出すればすごく予後もよいということです。ここでいう「きれいに摘出」というのが重要で、きれいに摘出できるのかをCT撮影で見ておくということが必要になります。CT撮影の意義は、そもそも外科適応なのかを考える上でも重要になります。

手術でなんとかなるのは孤立性のみ!

 前述しましたが、肝臓腫瘍の外科適応判断には、CTをはじめとする画像診断が非常に重要になります。エコー検査やレントゲン検査で孤立性腫瘤と考えられるので「はい、手術します!」ではあまりに乱暴なために、腫瘤周辺の状況をさらに精査しなければいけません。腫瘤を3次元的に評価、具体的には周囲の組織にどれだけ入り込んでいるのか?大血管への巻き込みはないのか?門脈との関係は?外科適応として手術のアプローチをどうするのか?というようなポイントをしっかりみて、それをクリアできるならはじめて外科適応となります。手術の術式はここでは詳しく書きませんが、「きれいに摘出」のために肝臓一葉すべて切除することを原則とします。肝細胞ガンをきれいに取り切った場合の予後は良好です。ただし、手術には術者の経験・技量、熟練したスタッフ、手術設備等が必要になるため当院を含めた一次診療施設ではなかなか実施できないことが多いかもしれません。
 ちなみに、肝臓腫瘤が多発している場合は、外科適応ではありません。緩和目的で外科以外の治療法を検討します。

手術できなかったらどうすればいいの?

 肝臓に多発性の腫瘤ができていたとしたら、それが何の腫瘍であれ治療は非常に困難になります。免疫療法や支持療法が中心になってくると思います。
 孤立性の腫瘤で外科適応でなかった場合も同様に治療は困難になります。しかし、近年では放射線治療でも比較的良い結果が報告されてきています。肝細胞ガンに限局して放射線を照射することにより完全に腫瘤がなくなるわけではないとしても、ガンが小さくなることが分かってきています。まだまだ症例を積み重ねる必要がありますが治療の選択肢が増えることはよいことだと思います。

まとめ

 今回の学会で学んだ肝臓腫瘍について私なりにまとめてみました。肝細胞ガンの性格については私も不思議に思っています。治療については当院で対応できないこともありますが、治療の選択肢をオーナー様にきちんと説明し、必要であれば二次診療施設への紹介もしていきたいと思っております。今回の内容である肝臓腫瘍でお悩みのことがあれば気軽にご相談ください。

2020年05月06日