猫の糖尿病ついて過去に様々な記事を書いてきました。
それなのに、
「また、糖尿病のこと?」
と思われるかもしれませんが、また糖尿病のことです。
今回は今年発売された動物用糖尿病治療薬センベルゴ(一般名:ベラグリフロジン)についての紹介記事です。
「こんな新しい薬がでたんだぁ」
と思っていただければ幸いです。
センベルゴ(一般名:ベラグリフロジン)という新しい薬についてオーナー様に院内で時間に余裕をもって説明できないこともあるので、この記事でそのことを補わせていただきます。
なお、
発売されてまだそれほど経ってないこともあって、私の経験に基づくことがあまり書かれてないことは最初にお断りしておきます。
あくまで紹介記事になります。
★以下、センベルゴの一般名:ベラグリフロジン表記は省略します。
①センベルゴとは
センベルゴとは、猫の糖尿病による高血糖および高血糖に起因する臨床症状軽減を目的とした動物用医薬品になります。
従来のインスリン製剤との違いの1つは、その投与経路にあります。
センベルゴでは注射は必要ありません。
センベルゴは注射薬ではなく飲み薬です。
1日1回の経口投与薬になります。
~センベルゴはインスリン製剤ではありません~
猫の糖尿病治療においてインスリン注射以外の選択肢ができたことは非常に大きいと思います。
↑猫の糖尿病のための薬センベルゴ。こんなボトルに入ってます。新薬のため仕方ないとは思いますがもっと使いやすい価格だといいなぁと思います。長所短所をよく考えて使いたいと思います。
②どうやって効くの?
飲むだけで猫の糖尿病の臨床症状を軽減するなんて、どうしたらそんなことができるの?
どんな仕組み?
当然、オーナー様はそんな風に思われるでしょう。
なので、
超簡単に説明します。
・従来のインスリン治療は…
血糖を下げるホルモンであるインスリンが何らかの原因で不足するor働かない
↓
そのせいで血糖値が下がらなくなる。血糖値のコントロールができない
↓
持続的な高血糖になる
↓
おしっこにも糖が出だす
↓
じゃあ、
足りないインスリンを外から注射で補おう!
↓
そんでもって、
弱った膵臓の働きを回復させよう!
こんな感じでした。
ところが、
センベルゴは逆転の発想で効果を発揮します。
・センベルゴによる治療は…
血糖を下げるホルモンであるインスリンが何らかの原因で不足するor働かない
↓
そのせいで血糖値が下がらなくなる。血糖値のコントロールができない
↓
持続的な高血糖になる
↓
おしっこにも糖が出だす
↓
じゃあ、
おしっこでもっと糖を出しちゃえばいいじゃん!
↓
おしっこに糖をいっぱい出して血糖値を下げよう!
↓
そんでもって、
高血糖によって受けている膵臓のダメージを軽減させることで弱った膵臓の働きを回復させよう!
~高血糖そのものが膵臓にとって毒であり、インスリン抵抗性もアップしてしまいます~
こんな感じです。
まとめると、
血糖値を下げて尿に糖を出さないようにする=従来のインスリン治療
尿に糖をじゃんじゃん出させて血糖値を下げるようにする=センベルゴによる治療
となります。
センベルゴの血糖降下作用は尿糖増加により生じるので、インスリン作用を使っていません。
③SGLT2阻害薬
腎臓は糸球体という場所で血液をどんどん濾過して原尿を作っています。
~猫の原尿は1日に20ℓ近くの量になります~
~でも1日に20ℓもおしっこがでないのは、そのほとんどが尿細管で再吸収されているからです~
そして、
尿細管という場所で必要なものを再吸収しています。
その必要なものの1つに糖(グルコース)があります。
じゃんじゃんばりばり糸球体で濾過された原尿中の糖は、ガンガン行こうぜ!な感じで尿細管で再吸収されます。
尿細管での糖の再吸収を担っている輸送体はSGLT2とSGLT1という2つになります。
グルコース再吸収を担う割合はSGLT2が90%とSGLT1が10%と言われています。
センベルゴはSGLT2阻害薬です。
グルコース再吸収の大部分を担うSGLT2を阻害する=グルコース再吸収量が減少→尿へのグルコース排泄増加
こんな感じで働くのがセンベルゴ(SGLT2阻害薬)です。
④低血糖になりにくい!
従来のインスリン療法で一番怖いのは低血糖です。
血糖値を下げるためのインスリン投与量が適正範囲内(=土佐弁:ぼっちり)だといいのですが…
その量が多すぎると血糖値が下がり過ぎて低血糖になってしまいます。
血糖コントロールが安定している維持治療中はそれほど心配しなくてもいいかなと思いますが…
これからインスリン療法を1から始める導入時は特に低血糖に気を付けなければいけません。
~インスリン導入時に元気がない、ボ~ッとしている、痙攣している、とにかくなんか様子がおかしいという時は低血糖を疑う必要があります~
その日の食事量に左右されたりもするので、低血糖はなんとも予想しにくいところが怖ろしいところです。
また、
いつ起こるかわからない怖さもあります。
~24時間猫を観察し続けることには無理があります~
~実際、無理なく導入していけば低血糖は頻繁に起きるというものではありません。私の経験上~
これらの恐怖からかなり解放されるのがセンベルゴです。
センベルゴが効きすぎて低血糖になることは理論上起こりにくいといわれています。
その理由をすこし説明すると、
センベルゴはSGLT2を選択的阻害することによりおしっこから糖を排出するという話は上記の通りです。
ただ、
グルコース再吸収を担っている輸送体はもう一つSGLT1があるのでそこから必要な糖が吸収されるようです。
よって、
低血糖までは起こりにくい
という感じです。
~血中インスリン濃度の低下によって内因性の糖産生が促進されるからというのもあるようです~
ちなみに、
センベルゴの国内野外臨床試験では臨床症状を伴う低血糖は1匹も認めずとの事です。
~猫30頭の試験ですが…~
⑤ケトアシドーシスには注意!
センベルゴを使用する上では、低血糖よりケトアシドーシスに注意する必要があります。
そもそも、
センベルゴはケトーシスやケトアシドーシスの猫には使用できません。
⑥ケトアシドーシスとは?
インスリンは細胞内に糖を取り込むために絶対必要なホルモンです。
インスリンがないと細胞は糖を取り込めません。
そのインスリンの量や作用が持続的に不足するのが糖尿病です。
インスリンが不足すると→細胞が糖を使えないので(糖から生み出す)パワーがなくなります。
~この状態でインスリン療法などのなんらかの適切な糖尿病治療をすることをおすすめします~
じゃあ、
糖の代わりになんか使えるものがないかということで…
生体は脂肪を分解してエネルギー源にしようとします。
しかし、
その分解時にまわりまわってケトン体という悪い生成物ができてしまい、それが蓄積されることによって血液が酸性に傾いてしまいます。
この状態が(糖尿病性)ケトアシドーシスです。
~非常によくない状態で、糖尿病併発疾患のうち最悪の部類に入ります~
そして、
ケトアシドーシスが継続すると…
元気食欲低下、意識低下といった臨床症状が出てきてしまい…
最悪、命を落としてしまいます。
めちゃくちゃ高血糖でぐったりした猫のほとんどは糖尿病性ケトアシドーシスです。
非常に難しい話が続いたので、もっと身近なもので糖尿病性ケトアシドーシスを説明します。
むりやりアンパンマンに例えてみます。
例えるならアンパンマン
バイキンマンの水アタックでアンパンマン(=細胞)の顔が濡れてしまったぁ
「顔が濡れて力がでないぃぃ~」
そこへすかさずアンパンマン号がやってくる!
しかし、
その中にジャムおじさん(=インスリン)はいない。
ジャムおじさんは膝と腰の痛みがひどくてパン工場で療養中だ。
新しい顔(=糖からのエネルギー)が焼けない!!
力がでないアンパンマン(=細胞)を前にバタコさん(=脂肪)は立ち上がる。
「ずっといっしょにパンを焼いてきたのよ。私が焼こう!強肩だけじゃないのよ、私は!」
バタコさん(=脂肪)はがんばってバタコ流新しい顔(=脂肪からのエネルギー)を焼いた。でも、ちょっとバター(=ケトン体)多めだ。
アンパンマン(=細胞)はバタコさん(=脂肪)の力を借りるしかない。
バタコ流新しい顔(=脂肪からのエネルギー)でなんとか乗りきるしかない!
「アンパンマン、新しい顔(=脂肪からのエネルギー)よ」
バタコが焼いて、バタコが投げた!!
「元気約100倍、アンパンマン!!」
力がでてピンチから脱出できたけど、少し多めのバター(=ケトン体)がじわじわとアンパンマン(=細胞)の体力を奪っていった…
要するに、
アンパンマンは糖の塊なので、糖を取り込めなくなったら活動できません。
アンパンマンに糖を取り込むためにはジャムおじさんが唯一絶対必須です。
余人をもって代えがたいのがジャムおじさんです。
バター少し多めのバタコ流新しい顔はそれが続いててしまうとおおきなパワーダウン(=糖尿病性ケトアシドーシス)になります。
アンパンマンの話は完全なおまけとして、話を元に戻します。
⑦センベルゴとケトアシドーシス
センベルゴ投薬中は血液中のブドウ糖をおしっこといっしょにどんどん排泄するために血糖値が低下するだけでなく…
血液中のインスリンも低下するようです。
~血糖値が高くないので膵臓がインスリン分泌をしぶるのだろうと思っています~
その結果としてインスリンを介する細胞内への糖の取り込みが減少して、ケトン体が発生しやすくなるようです。
こういう理由で、
センベルゴ投薬中、特に導入後2週間はケトン体のモニタリングをする必要があります。
~ケトン体モニタリングだけでなく、家庭での猫の様子もしっかり見る必要があります~
維持治療時はそうでもないですが、導入時はセンベルゴも従来のインスリン療法と同様に神経を使います。
⑧センベルゴの適応は?
センベルゴはⅡ型糖尿病で効果のある薬です。
糖毒性から脱することによって、膵臓のβ細胞の復活を促し、さらにインスリン抵抗性を下げることを目的とした薬なので…
~上記したように、高血糖そのものが膵臓にとって毒であり、インスリン抵抗性もアップする=高血糖自体が毒=糖毒性~
犬に多いⅠ型糖尿病
すなわち、
膵臓のβ細胞(=インスリンを分泌する細胞)がぶっ壊れる→インスリンを分泌できないことによって起きる糖尿病には現状原則として適応できません。
あくまで、
インスリンを自分で作れるがうまく機能しない、分泌が不足していることが原因で起きる猫の糖尿病が適応です。
⑨インスリン療法からセンベルゴへ
今、従来のインスリン療法で血糖コントロールがうまくいっているならばセンベルゴに変える必要は全くないと思います。
そのままインスリン療法を継続するのが無難です。
ただ、
何らかの理由
例えば、
・1日2回の注射が大変だ
・1日1回でなんとかならないか?
・民間のペットホテルに猫を預ける時に注射どうしよう?
・低血糖にならないか心配でたまらない
・血糖値モニターに定期的に通うのが面倒だ
・経口薬があるならそっちがいい
このような理由でインスリンからセンベルゴに変えたいというオーナー様が存在してもおかしくありません。
かつては、
このようなオーナー様に対して他のいい治療選択肢を示せませんでしたが
今はセンベルゴという新しい治療選択肢もあることを示せるようになりました。
~逆に飲み薬だと投薬しにくいので、注射の方がいいというオーナー様もいらっしゃいます~
➉センベルゴへの切替えは…
まだ経験数が少なく大きなことは言えませんが、
インスリン療法での血糖コントロールが特段問題なくて、ケトン体が今でていないのならばセンベルゴへの切替えは可能です。
とはいえ、
それがスムーズに何の問題もなく切り替えられるかはわかりません。
なお、
インスリン療法からセンベルゴに切替えの場合、センベルゴ投与開始前日の夜からインスリンの投与を中止することが大原則ですが…
今まで通り前日朝夕2回注射して翌朝からセンベルゴに切替えてもよいという報告も聞いたので、症例によってどうするか私は考えています。
⑪切替え=ケトン体に注意!
インスリン療法からの切替え時に注意するのは、やっぱりケトン体です。
~ケトン体、ケトアシドーシスについてはこれまで書いてきた通りです~
~ちなみに糖尿病初診からの導入時にも注意するのは、やっぱりケトン体です~
インスリン療法をしていた猫はセンベルゴ切替え後のケトン体増加リスクが糖尿病初診で始める猫よりも高い!
という報告があるので…
切替え後2週間は尿中のケトン体を家庭でモニターできるように尿試験紙をオーナー様に渡すようにしています。
ケトアシドーシス(≒ケトン体がいっぱいになった状態)になるまでにケトン体を早期発見できるように気をつけます。
~尿中にケトン体がでるようならばセンベルゴは休薬です。インスリン療法に戻ります~
ただ、
尿試験紙はケトン体の中でもアセト酢酸しか検出できないので、試験紙でケトン体マイナスだからといって安心できません。
糖尿病性ケトアシドーシスで重要なβヒドロキシ酪酸というケトン体を試験紙では見逃すかもしれない怖さを私は感じます。
~当院でセンベルゴを使用する猫が増えてきたら、血中のケトン体を定量できるマシンを導入しようかなと思っています~
なので、
試験紙の結果に関わらず猫の様子をよくみて、センベルゴ使用中にすこしでもおかしなところがあればすぐに病院に連絡していただくようにしています。
⑫センベルゴの費用は?
従来のインスリン療法に比べて1ヶ月にかかる治療費はセンベルゴでどうなのか?
治療費は各動物病院で全く違うので何とも言えませんが、当院に限った話をすると…
センベルゴを選んだ(or切替えた)からといって費用がめちゃくちゃ安くなるということはありません。
「シリンジもいらないし、1日1回の飲み薬だし、インスリン療法より絶対かなり安そう♪」
という期待を持っているオーナー様には申し訳ないですが、かなり安い♪ということは全くありません。
~むしろインスリングラルギン(≒ランタス)を使ったインスリン療法の方が費用は安いです~
動物用に上市されて間もないセンベルゴの薬価のこともあり、(猫の体重にもよりますが)それ相応の治療費用はかかります。
血糖値やフルクトサミン値のモニター回数が減少するだろうという点ではセンベルゴに(総費用面で)多少利があるかな?どうかな?という感じです。
⑬センベルゴの短所は?
いろいろな長所があるセンベルゴですが、その短所は?と言うと…
(特に切替え時の)ケトーシス、ケトアシドーシス発症リスク
だと思います。
血糖はそんなに高くないのにケトアシドーシス
つまり、
正常血糖性ケトアシドーシスという厄介なことが起きるかもしれないことは明確な短所だと思います。
その他として、
・軟便や下痢といった副作用が起きるかもしれない。
・そもそも、一般状態が悪いor重症(≒糖尿病性ケトアシドーシス)の猫には使用できない。
・薬価が安くはない。
このようなものがパッと思いつきます。
あと、
意外かもしれませんが、飲み薬であることが長所でもあり短所でもあると私はすごい思います。
センベルゴをかんたんに飲ませられない猫は存在します。
飲んだと思ったら、よだれいっぱいで出してしまったり吐いてしまったりということもありました。
インスリンのように皮下注射で必要量を投与する方がよっぽど確実で簡単な投薬だとさえ私は思います。
↑センベルゴは上のように透明に近い薬です。味見したことはないですが匂ってみるとけっこうツーンとした匂いがします。このまま投薬するより何かに混ぜるほうがいいかなと今では思います。ちなみに、センベルゴと違って食欲増進薬エルーラは甘くていい匂いがします。バニラエッセンスです。
ちなみに、
腎臓病の猫に使用してどうなのか?というのは完全には分かっていません。
重度の腎臓病の猫への安全性や有効性の評価についてはこれからの課題です。
ヒトではSGLT2阻害薬に腎臓保護効果があるかも?と言われているので、はたしてそれが猫だとどうか…まだわかりません。
~SGLT2阻害薬は日本でヒトに使われ始めて10年位、海外でネコに使われ始めて1年という歴史の浅い薬なので、これからいろいろな報告がでてくると思います~
⑭結局、センベルゴって…
センベルゴは、猫だけでなくオーナー様の(糖尿病治療における)ストレスも軽減する薬だなぁというのが私の印象です。
例えば、
・猫へのインスリン注射がいらない
・1日1回の投薬、しかも飲み薬で大丈夫
・いつ来るのかもわからない低血糖という恐怖からの解放
・頻回に神経質にモニタリング検査をしなくてもよい(導入時を除く)
センベルゴはこんな感じで猫とオーナー様の治療ストレスを軽減させてくれる薬だと思います。
従来のインスリン療法にはなかったメリットが確かに存在する薬です。
ただ、
従来のインスリン療法に取って代わるものかといえば、そうではないと思います。
あくまで、
センベルゴは猫糖尿病の治療選択肢の内の1つに過ぎません。
言ってみれば、センベルゴはディズニーシーのファンタジースプリングスみたいなものです。
できたばかりで目新しくて注目を浴びてさぞかしすごいものだろうとなっていますが、それは8つのテーマポートの内の1つに過ぎません。
ファンタジースプリングス以外のテーマポートも驚異的に魅力があり、それは全く色あせていません。
「ファンタジースプリングスホテルすごいなぁ、泊まってみたいなぁ」と思っていても、いざ宿泊すると「ミラコスタの方がむしろ利便性高いんじゃね?」と思うかもしれません。
だんだんと時間が立ってくると物事を公平に見られるようになると思います。
話を戻しますが、
私個人的にはオーナー様の様々な治療ニーズに答えられる治療選択肢を得られたことがよかったなぁという感じでセンベルゴを思ってます。
インスリン療法とセンベルゴ、適応をしっかり考えられるように、日々の診療に精進していきたいと思います。
当院記事を読んだ上で猫糖尿病の診療を希望されるオーナー様は絶対必ず副院長を指名しての来院をお願いいたします。
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