犬の甲状腺機能低下症に伴う臨床症状の軽減を効能とする動物用医薬品「フォーサイロン錠」が今年(2025年)発売されました。
その薬の紹介も兼ねて、今回は犬の甲状腺機能低下症について私が思いつくことを思いつくままに書いていきます。
ただ、
犬の甲状腺機能低下症とは?みたいなことはGoogleさんで検索すればいくらでもヒットするので
基本的でありきたりな内容は(Googleさんにお任せして)比較的かんたんに書いています。
①破壊されることが原因
生体に必要不可欠な甲状腺ホルモンが欠乏することにより甲状腺機能低下症は引き起こされます。
そして、
甲状腺ホルモン欠乏の原因のほとんどは甲状腺組織の破壊に由来します。
こまかく考えるとその原因はたくさんあるのですが…
(原発性)甲状腺疾患→甲状腺組織が破壊される→甲状腺ホルモン欠乏→甲状腺機能低下症
こんな感じで発症と言っても大きく間違いはありません。
~特に成犬における甲状腺機能低下症の場合は~
②(原発性)甲状腺疾患?
ちなみに、
甲状腺機能低下症の原因となる(原発性)甲状腺疾患として
リンパ球性甲状腺炎と特発性(≒原因不明の)甲状腺委縮
この2つがよく知られています。
では、
この2つってどんな疾患なのか?
それをザっと書くと、
・リンパ球性甲状腺炎
リンパ球やプラズマ細胞などが甲状腺にアタックすることによりそれが破壊されてしまう
~リンパ球性甲状腺炎は自己免疫疾患を強く疑われてます~
~つまり、自分自身を異物とみなして自分自身にアタックしてしまうということです~
・特発性甲状腺委縮
甲状腺の構造が原因不明で消失して脂肪組織に置換されてしまう(結果として破壊される)
こんな感じの疾患です。
③足りなきゃ補充する!
甲状腺機能低下症の治療は甲状腺ホルモンの補充になります。
要するに、
足りなきゃ補充する!
ということです。
補充することにより臨床症状を改善させます。
破壊された甲状腺が元に戻る(機能回復する)ことはないので
原則、生涯にわたっての投薬治療が必要
になります。
「えっ!?特発性甲状腺委縮はともかくとして、リンパ球性甲状腺炎の治療はしないの?」
「原因になっている疾患をなんとかしないといけないんじゃないの?」
と思うオーナー様も存在するとは思いますが獣医療ではリンパ球性甲状腺炎の治療は原則しません。
~甲状腺の大部分が破壊されて甲状腺機能低下症が発現した段階で今更リンパ球性甲状腺炎の治療をする大義はないのだろうと思います(私の個人的推察)~
④どんな病気にも見える症状
犬の甲状腺機能低下症の臨床症状については(最初に記した通り)Google検索すればいくらでもでてくるのでここでは詳しく書きません。
臨床症状については私が思っていることだけ書きます。
はっきりいって、
甲状腺機能低下症の臨床症状は多岐にわたります。
オーナー様の主訴も多岐にわたります。
これ!というのを決めるのは困難です。
~他の疾患でも見られるような症状が多いです~
例えば、
(特に尾の)脱毛や皮膚トラブルを主訴に来院して、検査してみたら甲状腺機能低下症だった。
ということもあるし、
↑この犬の背中から腰、尾にかけての脱毛=甲状腺機能低下症とはすぐに言えません。別の疾患orいろんな疾患が絡み合っていることもあります。ただ、それを疑う所見ではあります。
「なんか元気ない」という主訴で来院して、検査してみたら甲状腺機能低下症だった。
「太っているんで検査してみよう」ということで、検査してみたら甲状腺機能低下症だった。
ってこともあります。
とにかく、なんとも捉えづらい症状だと思います。
⑤はたして年のせいなのか?
「最近よく寝てるんです」
「あんま動かないし、なんか体がたるんできてみえる」
「顔が悲しそうな顔してるし年とってきたなぁ」
「散歩の距離も短くなった」
「おしっこの時に足をあげなくなった」
「白髪も増えてシミみたいなものもできてきたし」
「皮膚が乾燥してきているなぁ」
とはいえ、
「もう年だし(=高齢のため)仕方ないですよね」
「年とったら人間と同じで弱って衰えますよね」
こんなお話をするオーナー様はよくいらっしゃいます。
たしかに、
年をとるとこんな風になる(いろいろと衰える)のは仕方ないことかもしれません。
ただ、
そのお話にでてくる犬の様子はすべて甲状腺機能低下症に起因するものであってもおかしくありません。
~なお、甲状腺機能低下症以外の疾患に起因するものであってもおかしくありません~
年のせいで仕方ないことなのかどうか?ただの衰えなのかどうか?病気が隠れていないか?をよく考える必要があるように私は思います。
少し具体的に言うと…
16歳の犬でこんな風=仕方ないこととして納得する
のも悪くはないかなぁと思いますが、
8歳、9歳の犬でこんな風=そんなに年でもないし甲状腺機能低下症などの疾患があるかもしれない
ということで(なんらかの病気の疑いもあるので)検査の提案をするように私はしています。
以上のように、
もう年だし仕方ないよね!ってオーナー様が思う犬の様子が甲状腺機能低下症の症状だったりもします。
⑥T4値だけで診断しない
甲状腺機能低下症の診断のために当院では甲状腺ホルモンであるT4値を測定しています。
~院内でかんたんに測定できるという点でT4値を診断に使用しています~
このT4値が正常範囲内なのか低いのかで甲状腺機能低下症の診断をしているのですが、
ここでオーナー様に誤解していただかないように補足したいことは、
T4値が低い=甲状腺機能低下症ではない!
ということです。
(他の内分泌疾患も同様ですが)
診断の前提として
甲状腺機能低下症の臨床症状がある!
ことが必要になります。
臨床症状があった上でT4値が低い=甲状腺機能低下症
~厳密に言うと、臨床症状+T4値が低い+甲状腺以外の疾患を除外できた時=甲状腺機能低下症~
ということになります。
健康診断の時にスクリーニング的に血液検査をしてT4値が低め
でも、
目立った臨床症状はない
こんな時は甲状腺機能低下症と診断できません。
あと、
⑦低いのはフェイク!ってことも
甲状腺疾患ではなく、薬物投与の影響や甲状腺以外の疾患によってT4値が低下してしまうこと
つまり、
T4値が低いのはフェイクだったってこともあります。
~甲状腺疾患が原因でT4値が低下していると思ったのに実はそれ以外の原因でT4値が低下していたという意味でフェイクを使っています~
いわゆる偽甲状腺機能低下症候群と呼ばれるものです。
~ユウサイロイドシック症候群とも言います~
例えば、
・ステロイドやフェノバルビタールを長期投与している
・糖尿病、副腎皮質機能亢進or低下症、などなど
こんな投薬履歴や併発疾患があることでT4値が低下してしまうことがあります。
体調が悪いということだけでそれが低下してしまうことさえあります。
このようなことからも、
T4値が低い=甲状腺機能低下症ではない!
ことをご理解いただけると思います。
犬の甲状腺機能低下症の診断の為には
T4値が低いことを確認するだけでなく、
・臨床症状を確認すること
・他の疾患をできるだけ除外すること
も必要になります。
~fT4(遊離T4)やTSH、TgAAまで測定すれば診断がすっきりするとは思いますがルーティンでそこまでできていないのが当院の現状です~
~T4だけでなく偽甲状腺機能低下症候群の影響を受けにくいfT4(遊離T4)まで必須で測定するかどうかは今後検討します~
⑧糖尿病と子宮蓄膿症
診断についてのおまけとして「こんなこともあるよ」的なことを書いてみます。
~なお、全て私の個人的見解です~
おまけ①
犬の糖尿病のインスリン療法において、血糖コントロールがうまくいかないことが過去に何度かありました。
~「血糖値が下がらないことはないんだけど(インスリンの用量を増やしても)下がりが悪いな」のようなことです~
その原因をいろいろ探っていると…
実は、甲状腺機能低下症を併発していました。
~最初からT4値を測定しておけばよかったってことです~
そのような症例に、
甲状腺ホルモンを補充してみると血糖コントロールが劇的に改善しました。
そんなこんなで、今では
私が主治医として糖尿病の治療をする時は、その治療前にT4値も必ず測定するようにしています。
甲状腺機能低下症だったから(それが引き金になって)糖尿病を発症した(orしやすかった)のか?
糖尿病だからT4値が下がっているのか?偽甲状腺機能低下症候群なのか?
どちらか見分けがつかないですが、甲状腺ホルモンを補充すると糖尿病の治療もうまくいくことが多いのでそうしています。
~つまり、そういう時は甲状腺ホルモンを補充しながらインスリン療法もするってことです~
おまけ②
犬の子宮蓄膿症においてはその発症にプロジェステロンが深く関与していることは以前にも書いた通りです。
ザっと書くと…
プロジェステロンが子宮内膜を刺激→そこに細菌感染が起こる→子宮蓄膿症
こんな感じです。
当然、
免疫機能が低下していると細菌感染が起こりやすく(=子宮蓄膿症になりやすく)なります。
~要するにバイキンと戦う力が落ちてしまいます~
なので、
免疫機能低下の一因となりうる甲状腺機能低下症が併発しているのであれば
それもなんとかしたほうがベターです。
だからこそ、
犬の子宮蓄膿症を診断した時には必ずT4値も測定するように私はしています。
~経験上、3割程度の症例でT4値が低いことがあります~
もし、その時にT4値が低かったとして、
発情後期に甲状腺機能が低下していたから(それも引き金になって)子宮蓄膿症を発症した(orしやすかった)のか?
子宮蓄膿症を発症しているからT4値が下がっているのか?偽甲状腺機能低下症候群なのか?体調が悪いからT4値が低くなっているのか?
どれなのか見分けがつかないですが、T4値が低い場合は子宮蓄膿症の内科治療と並行して甲状腺ホルモンも少し補充しています。
プロジェステロンに甲状腺ホルモン…つくづく犬の子宮蓄膿症は内分泌疾患だなぁと私は思います。
⑨目指せ!いい塩梅
前半に書いた犬の甲状腺機能低下症の治療のおさらいになりますが、
その治療は不足している甲状腺ホルモンを内服薬(=レボチロキシン製剤)で補充することによって臨床症状の軽減を目指すというものです。
甲状腺ホルモンがいい塩梅(=投与量が過少でも過剰でもない)で補充されると今までが嘘であったかのように元気になります。
「年のせいではなかったのね」
治療後にこんな声をオーナー様からよく聞きます。
~活動性については治療効果が比較的早くあらわれますが、皮膚に関する症状改善には時間がかかります~
ただ、
いい塩梅で補充というのが簡単なようで難しいので
治療初期にはいい塩梅の薬用量を決定するために、
・臨床症状が改善しているのか?変わらないのか?
・血中のT4濃度はどれくらいか?過剰or過少ではないか?
こんなことをしっかりモニタリングする必要があります。
➉過少?or過剰?
薬の投与量が過少(=不足)なのか?過剰なのか?
治療開始1か月前後で血液検査でT4値を測定するとわかります。
~当然、臨床症状も加味しながら判断します~
では、
(血液検査なしで)普段の犬の様子からオーナー様が過少or過剰を疑う方法はないのか?
そんな方法がないのかを私なりに考えてみます。
(1)薬の投与量が過少だと…
過少ではないか?と疑うことはオーナー様にも可能だと思います。
・ちゃんと投薬しているのに臨床症状が何も改善しない。
・薬を飲ませている割に前となにもかわらない。
犬をみていてこんな風にオーナー様が感じればおそらく過少の疑いはでてきます。
逆に、
(2)薬の投与量が過剰だと…
過剰ではないか?と疑うことはオーナー様にとって少し難しいかなと思います。
例えば、
過剰を疑う症状である
多飲多尿、体重減少は短期観察だと分かりづらいし、
犬がやたらと活発になったという所見は薬がうまく効いて元気がでたようにも見える
投与量がある一定以上だと
「薬を飲ませ始めて何かが変わったのはたしかに間違いない」
のはオーナー様にもはっきりとわかります。
ただ、
その薬用量が「いい塩梅or過剰」の判断は犬の様子だけだとオーナー様にはわかりづらい点もあります。
とはいえ、
あえて、過剰を疑う特徴的な症状をあげるとするならば、
肉球(パッド)の汗
かな?と思います。
甲状腺ホルモン製剤が過剰であると肉球(パッド)に汗をかきやすいことが私の経験上多かったからです。
甲状腺機能低下症の治療開始後、やたらと肉球(パッド)に汗をかきだしたら過剰なのかもしれません。
⑪フォーサイロン錠の誕生
当院では、犬の甲状腺機能低下症の治療薬としてアメリカ動物薬のレボチロキシン製剤を使用しています。
~治療にちょうどいい用量の錠剤が日本では手に入りにくいためにアメリカ動物薬を使用しています~
そんな中、
今年になって動物用医薬品「フォーサイロン錠」が発売されました。
↑フォーサイロン錠の箱。能ある鷹はツメを隠す的な可もなく不可もないパッケージです。
このことは大きな出来事で…
・今後は輸入に頼らずとも比較的簡単に薬を用意できるようになる
・日本で承認された動物薬の適応内使用ができるようになる
といったメリットがあります。
フォーサイロン錠はいろいろ工夫がされていて…
毎日の投与が少しでも楽になるように
おいしそうな香りと風味がつけられていたり、錠剤を小型化したりしています。
更に、
指で押すだけで薬を4分割できるようにする工夫も施されています。
~簡単に分割できるので細かな用量調整も可能になります~
↑フォーサイロンの錠剤はとても小さいです。おいしそうな感じのする錠剤です。4分割のための割線が特徴的です。
↑指で錠剤を軽く押すだけで簡単に4分割できます。想像以上に軽い力で割れちゃいます。
アメリカ動物薬に比べて、フォーサイロン錠は非常に付加価値の高い薬です。
今後は、オーナー様に対してフォーサイロン錠の提案もしていきたいと思います。
当院記事を読んだ上で犬の甲状腺機能低下症の診断や治療を希望されるオーナー様は絶対必ず副院長を指名しての来院をお願いいたします。