犬の子宮蓄膿症のアリジンでの治療についてさらに補足した記事は下にあります。
こちら←要クリックからご覧ください。2023年1月11日に加筆の最新記事です。
今月(8月)はワンちゃんの子宮蓄膿症を診断することがなぜだか増えているように感じます。
犬の子宮蓄膿症がどんな病気でどんな治療法があるのか等をこの記事で一つ一つ説明を始めるとめちゃくちゃ長文になるしありきたりなので、詳しいことはGoogle先生にお任せして割愛します。
今回は犬の子宮蓄膿症についての個人的見解をまとめます。
ということで、
当サイト恒例!
私が思う犬の子宮蓄膿症の10のコト
①内分泌疾患の側面もある
子宮の病気なので生殖器疾患であるのは間違いないと思いますが、その発症にはプロジェステロンが深く関与しているのでどちらかというと内分泌疾患でもある気がします。
犬では排卵後、妊娠しようがしまいがプロジェステロンが長く分泌される
このような犬の生理的特徴こそが元をたどれば子宮蓄膿症の原因だと思います。
発情のたびにプロジェステロンによって子宮内膜を繰り返し刺激→内膜増殖からの嚢胞状構造になる→そこへどっかからやって来た大腸菌が感染→子宮蓄膿症
このような病態なので
②中年以降の発症が多い
ヤングドックでの発症を私はほとんどみたことありません。
ただしZEROではありません。1歳代での犬の子宮蓄膿症を診断した経験はあります。
プロジェステロンによる繰り返し刺激が病気の引き金
という病態からわかるように
中年(8~9歳)以降での発症が非常に多いと思います。
そして
③発情出血後2ヵ月以内の発症が多い
排卵後、プロジェステロンが分泌されている期間に子宮蓄膿症を発症しやすくなります。
発症しやすい時期を知ることで早期発見にもつながります。
発情出血が始まった日は毎回記録するとよいと思います。
④とにかく早期発見!~初期症状やサインは?~
子宮蓄膿症でしか認められない初期症状やサインはあまりない。…と思います。
どれも非特異的な症状になります。
つまり、いろいろな病気が考えられる症状です。
ただし、
発情出血後2ヵ月以内にこんな症状があったら要注意です。
・陰部から膿のようなものがでている
・やたら水飲んで排尿する(多飲多尿)
・なんかお腹が張ってみえる
・なんか元気ない、食欲がない
・目が充血している
いろいろな病気が考えられる症状ではあるのですが、
発情出血後2ヵ月以内という条件をいれると子宮蓄膿症を強く疑います。
⑤診断は簡単
超音波診断装置(エコー)を使えば子宮蓄膿症の診断はかんたんです。
臨床症状とあわせてすぐに診断できます。
↑子宮に膿が溜まっているのをエコーで確認。子宮蓄膿という病気についてはエコーはレントゲンより精度が高いと思います。子宮内膜の状態もある程度わかります。
⑥全身状態の評価が非常に重要
犬の子宮蓄膿症の場合、蓄膿することがどれほど全身に悪い影響を与えているのかを評価することが必要だと私は思っています。
診断自体はかんたんなのですが、診断だけで終わらせずその裏でおきていることを考えることのほうがよっぽど重要です。
・他の疾患を併発していないか?基礎疾患はないか?
~甲状腺機能低下症のチェックは欠かせません~
・全身に炎症が波及していないか?
・腎機能は大丈夫か?
・血液凝固系は?
こんな感じで私が診察を担当するならばけっこういろいろ考えます。
腫瘍診療を勉強したためか、常に局所から全身の評価が私には癖づいています。
⑦診断後に犬の子宮蓄膿症を放置したらどうなるの?
診断後に「様子をみましょう」は危険すぎます。
様子をみてなんとかなる病気ではありません。
待てば待つほど状況は悪くなります。
診断から治療へとすみやかに移行する必要があります。
アリジンという武器が登場した今、手術しない!はありえても治療しないという選択はやめたほうがよいと思います。
ここからは治療の話です!
治療法は外科もしくは内科治療。どちらも一長一短があると思います。
どちらの治療をしたとしてもきちんと治療すれば予後は良好です。
~治療前後に合併症がなければ…~
⑧個人的には外科適応であれば外科治療がよいと私は思う
蓄膿した子宮を卵巣といっしょに摘出するというのが外科治療の要点
卵巣と子宮を摘出することで再発のリスクがなくなることや
手術一回で根治を狙えることが
外科のメリットだと思います。
とはいえ、
外科をためらうケースもけっこう多くて、
たとえば
犬の年齢、全身状態、既往症・合併症の有無
膿で子宮がパンパンになっている場合、子宮破裂が想定される場合
こんな時はすぐに外科治療とはならずに内科治療から始めることもあります。
内科治療であれば…
子宮蓄膿症(犬)の内科治療といえばアリジンというくらいアリジンはポピュラーな薬になったのは間違いない!
↑子宮蓄膿症(犬)の内科治療を大きく変えたアリジンさん。内科治療にプロスタグランジン製剤を使用していた私の新人時代には考えられないほどきつい副作用はありません。昔、プロスタグランジン製剤で治療したワンちゃんが超神水を口にしたヤジロベーみたいに苦しんでいた姿が今でも忘れられません。
⑨Alizin=アリジンによる内科治療はたしかによいのだが…
プロジェステロン受容体拮抗薬であるアグレプリストン(商品名:Alizin=アリジン)を投薬することにより子宮から排膿を促す
この内科治療は、
副作用が少なく、奏効率もけっこう高い
全身状態が悪くても使用可能
外科に抵抗のあるオーナー様にも受けいられやすくて
抗生剤を併用することにより治癒を目指せるということで
内科治療の要として当院でもよく使用しています。
メリットだらけの出木杉君みたいなアリジンですが、長年よく使用しているからこそ、アリジンのデメリットも見えてきました。
デメリット① とにかく再発が少なくない
アリジンで治療して快方するんだけども次の発情周期でまた発症というワンちゃんが少なくありません。
発情周期の度に予防的抗生剤を飲んでいただいているワンちゃんもいます。
デメリット② とにかくお値段が高い
小型犬ならまだしも大型犬だとトゥー エクスペンシブです。
お薬自体の価格が比較的高いために、治療費も高くなってしまいます。
何度もアリジンで内科治療する可能性を考えると、外科適応なら外科治療をしたほうが結果的に治療コストが下がると思います。
デメリット③ 日本未承認の薬~厳密にデメリットかは分からないが…~
ちなみにアリジンは日本未承認の薬で海外薬です。海外から輸入をして薬剤を使用しています。
もともと犬の堕胎薬であり子宮蓄膿症のための薬ではありません。
日本未承認の薬で適応外使用なのですが、現在の獣医療でひろく使われて結果を出しているので当院でも獣医師の裁量権で使用しているというのが現状です。
日本から動物用薬としてアリジンが上市されれば治療費の問題は解決されるかもしれません。
⑩ブレンダを併用してみる試みも!
~子宮蓄膿症の内科治療オプションとして~
↑フザプラジブナトリウムは日本で開発された動物薬なので個人的に応援しています。日本開発の動物薬なんて私の知る限りはほぼないと思います。炎症性疾患への様々な応用が期待されています。
当院では炎症反応をすこしでも速く抑えるために従来のお薬に加えてフザプラジブナトリウム(商品名ブレンダ)を抗炎症剤として使用することもあります。
~ブレンダは犬の膵炎治療薬なので犬の子宮蓄膿症に対しては適応外使用になります~
ブレンダを使用することによる劇的な効果は感じないのですが、
膵炎におけるブレンダの使用と同じく、
回復までの日数が短縮されることは感じます。
子宮に膿がたまること(細菌感染)が引き金となって全身性炎症反応症候群(SIRS)にまで病態が進行してしまうと今後の見通しが非常に悪くなってしまうので、
SIRSへの進行を妨げる治療
という点でもブレンダの投薬意義はあるだろうと思います。
犬の子宮蓄膿症治療にブレンダがどうしても必要とは全く思わないですが、治療選択肢のうちの一つ、ワンモア!として考えてもよいかなと思います。
私が獣医師になったばっかりの時と現在を比べて犬の子宮蓄膿症への対応で大きく変わったことは
アリジンの登場
に尽きると思います。
私の新人時代は犬の子宮蓄膿といえばほぼ手術一択でした。
内科治療にプロスタグランジン製剤を使用するという選択もあったのですが、副作用がきつくてあまり使用されることはなかったと思います。
それが今では
アリジンの登場により内科治療も立派な選択肢の一つになりました。
当院は現状として外科にあまり積極的な病院ではないというのもあり、犬の子宮蓄膿症の治療はほとんどアリジンでおこなっています。
~外科の場合は他院を紹介させていただくこともあります~
私個人の思いとしては、外科とアリジンを治療選択肢として平等に扱ってオーナー様に提示できる病院にしていきたいな!と考えています。
ここからは2023年1月11日に加筆
Alizin=アリジンとプロジェステロン
Alizin=アリジンで犬の子宮蓄膿症を治療した時に、
アリジンに素直に反応
つまり、
陰部から排膿して、元気も食欲も戻ってくる
エコーで子宮の様子を確認したら、もうほとんど蓄膿していない
内科治療成功!いったん治った!
その後の経過観察でも子宮に蓄膿する気配も無く
ほんとに治った!状態で次の発情周期へむかう
ということもあるのですが、
たまに、
いったん治った後3~4週間程して子宮をエコーで確認すると、
また蓄膿しだしている!再発かな!?
いったん治ったのになんで!?
ということもあります。
同じ様に治療しても生じるこの差ってなんなんだろうか?
~この差=素直に治る例と、短期間で再発する例の差~
とずっと考えていました。
そんな中、年末年始に「とある動画セミナー」を見て、その答えがの一つがわかりました。
いったん治った後にその犬のプロジェステロン値がどうなっているのか?の差
こそが
この差の原因の一つ
つまり、
その答えの一つだとわかりました。
ここからは、もう少し具体的にこのことを説明します。
犬の子宮蓄膿症は内分泌疾患の側面もある
ことは、先に書いてある通りです。
犬の子宮蓄膿症発症とプロジェステロン値は切っても切れない関係です。
通常、メスのワンちゃんの発情前期→発情期では、
卵巣内の卵胞がどんどん発育していき、発育した卵胞はLHサージによって排卵誘起されます。
そして、
排卵した後、そこには黄体が形成されプロジェステロンが分泌されはじめます。
要するに、
発情休止期=黄体期に突入していきます。
ワンちゃんの発情周期において黄体が形成されプロジェステロンが分泌されている期間を発情休止期=黄体期といいます。
~くわしいことはイヌの交配適期とプロジェステロン←要クリックも参考にしてください~
~プロジェステロンの主要産生部位はこの黄体になります~
その後、黄体は徐々になくなっていき(退行)、プロジェステロンの分泌も減っていきます。
そんなこんなで、
黄体がなくなり無発情期に入ります。
メス犬の発情周期=発情前期→発情期→発情休止期(黄体期)→無発情期
こんな感じでこれを繰り返しています。
子宮蓄膿症を発症するのはほとんどの例で発情休止期(黄体期)
です。
発情休止期(黄体期)は約2ヵ月続きます。
発情休止期(黄体期)はプロジェステロンが子宮内膜を刺激しやすいので子宮蓄膿症を非常に発症しやすくなります。
~その他、プロジェステロンが子宮の入り口を閉じてしまう、細菌への抵抗力を下げてしまうということも子宮蓄膿症を発症しやすくする原因になります~
発情休止期(黄体期)=要注意
といえます。
とはいえ、
同じ発情休止期(黄体期)でも、
プロジェステロンがバンバン分泌されている時期
もあれば、
黄体がなくなりつつあって、プロジェステロンの分泌が減ってきている時期
もあります。
発情休止期(黄体期)=要注意に変わりはないけれども、
発情休止期(黄体期)のどの時期に子宮蓄膿症を発症してアリジンで治療するのか?
でその後の治療経過は変わってきます。
そもそも、
アリジンにはプロジェステロン分泌を抑制する力(黄体を退行させる力)はありません。
~プロジェステロンの作用部位(レセプター)をブロックするのがアリジンのお仕事です~
そのため、
プロジェステロンがバンバン分泌されている時期に発症→アリジンで治療していったん治ったとしても、
その後プロジェステロンがまだけっこう分泌されていれば、子宮内膜を刺激して再発する可能性があります。
~アリジンがレセプターブロッカーであるが故の問題です。黄体を退行できないのが仇になります~
プロジェステロンの影響が犬の体から抜けきれていないために再発のリスクがあります。
逆に、
黄体がなくなろうと(退行)している時期に発症→アリジンで治療していったん治ったとしたら、
その後はもうそれほどプロジェステロンが分泌されていない=影響を受けないので、そのまま治ってしまう可能性が高い。
~プロジェステロン値が低くて再度、子宮内膜が刺激をうけない!その他の悪影響もうけない!極論を言えばアリジンなしで抗生物質だけで治るかもしれない~
最初の方に書いた、
いったん治った後にその犬のプロジェステロン値がどうなっているのか?の差
とはこういうことになります。
ここまで難しいことをいっぱい書いてきましたが、
じゃあ結局、
これから犬の子宮蓄膿症の治療を当院でどうしていくのか?
なんか去年と治療に変わりがあるのか?
ということを最後に書きたいと思います。
アリジンでの内科治療そのものに変化はありません。
エコーで子宮をみて蓄膿を確認。もちろんその他の必要な検査もする。
さらに、
治療の前にブロジェステロン値も測定して発情休止期(黄体期)のどの時期なのか?まで調べる。
そこまで積極的にはやろうと思いません。
~子宮蓄膿発症時にプロジェステロン値が低ければ理論上アリジンはあまり効果ないはずです。そういう点でやる意味はあるかな?と思いますが…~
地方都市の一次診療施設の現場でそこまでは難しいかなと思います。あまり病気ばかり診てもいけないかなと…。
しかし、
アリジンを投薬して、犬の子宮蓄膿症がいったん治った時(寛解時)にプロジェステロン値を測定してみようかな?
とは思っています。
~検査の意義、費用面などをオーナー様がもし了承していただけるようならば~
そこまで必要なのか?とたしかに思いますが、そういうやり方もあるのかなと思うので場合によってはオーナー様に提案するかもしれません。
なぜならば、
寛解時のプロジェステロン値によってその後の対応は変わってくると思いますし、再発を予防するためのアクションも迅速にとれると思うからです。
場合によっては、
外科治療を今後選択した方がいいという判断もできるかもしれません。
再発のリスク評価、予後評価として寛解後のプロジェステロン検査を今年は提案しようかなと思っています。
ただ、犬の子宮蓄膿症は
全身状態が問題なく、外科適応可能でオーナー様の理解・了承が得られるのであれば子宮卵巣摘出術が最良の選択肢だと私は思っています。