イヌの肥満細胞腫
犬の皮膚や皮下に発生する腫瘍の一つに肥満細胞腫があります。
ありふれた腫瘍でありながら、診療する度に発見が多い腫瘍であると私は思っています。
今でも新しい報告がでてくる腫瘍です。
今回は犬の皮膚・皮下の肥満細胞腫について今私が考えていることをどんどん書いていきます。
過去最長クラスの記事なので興味のある方だけ最後まで閲覧してください。
こんなに読むのしんどい…という方は⑰結局何がいいたいの?までワープして、そこだけ読んでいただければ大丈夫です。
下のワープボタンを押してください。
なお、
この記事では犬の内臓から発生する肥満細胞腫のことは全く想定していません。
①肥満細胞腫の見分け方
犬の体表にできた腫瘤(しこり)を主訴にオーナー様が当院を来院するケースは少なくありません。
こんな時、獣医師ならば視診だけである程度のことがわかりそう!と思うかもしれませんが、その腫瘤が何であるのか?は見た目ではわかりません。
ましてや、
その腫瘤が肥満細胞腫であるか?なんて見ただけでは全くわかりません。
オーナー様に知っていただきたいことは、
犬の皮膚・皮下肥満細胞腫の腫瘤の見た目はバリエーション豊富
ということです。
↑足先のちょっと盛り上がったところ。これが何かは触っただけではわかりません。結果的には肥満細胞腫だったのですが…こんな感じでも肥満細胞腫はありえます。
かたかったり、やわらかかったり
大きかったり、小さかったり
表面が赤かったり、ふつうだったり
見た目だけだと、どんな皮膚の腫瘤も肥満細胞腫の可能性を否定できません。
だからこそ、
オーナー様ができる見分け方なんてものは存在しないと思います。
~獣医師ならば経験とカンで見分けられるかもしれませんがそれも微妙です~
「このしこり肥満細胞腫じゃないですか?ネットの写真に似てるし…」
とオーナー様から尋ねられても
「そうかもしれないし、違うかもしれない。まずは、細胞診をしてみまししょう。」
としか言えません。
②細胞診しよう
このようにいろいろな見た目の肥満細胞腫ですが…
その腫瘍細胞は特徴的な細胞なのでFNA(細針生検)から細胞診をすれば(未分化で顆粒のない肥満細胞腫でない限り)肥満細胞腫かどうかの判断はすぐにできます。
見た目だけでど~こ~言うより、すぐに細胞診をしたほうが賢明だと思います。
③ダリエ徴候に注意
肥満細胞は細胞室内にツブツブしたもの(顆粒)をたくさんもっています。
このツブツブが細胞外に飛び出したらなんか悪いことが起きそうだな…
ということは一般の方も想像に容易いだろうと思います。
実際、その想像は正しくて…
肥満細胞のツブツブには、ヒスタミン、ロイコトリエン、ヘパリンなどの生理活性物質が含まれています。
何らかの刺激でこのツブツブが細胞外にばらまかれると周囲の組織に炎症がおこり真っ赤になることがあります。
このような事象はダリエ徴候と呼ばれます。
↑当院での肥満細胞腫顕微鏡写真。iPhoneを接眼レンズベタ詰めで撮影したのであんまりきれいではありません。写真に写っているツブツブは全部、生理活性物質です。ちょっとしたことで細胞から脱顆粒します。このツブツブ成分が血液にのると嫌なことがおきます。
そんなこんなで、
FNA(細針生検)のために腫瘤に針を刺すという刺激で腫瘤周辺が真っ赤に腫れることも起こりえます。
要するに、
FNA(細針生検)に起因するダリエ徴候です。
正直、私は後に肥満細胞腫と診断した腫瘤のFNA(細針生検)に起因するダリエ徴候をほとんど経験していません。
なので、
FNA(細針生検)の前にダリエ徴候を予防するためにルーティンで抗ヒスタミン薬やプレドニゾロンを投薬することを私はしていません。
~そもそもその腫瘤が肥満細胞腫であるかどうかはFNA(細針生検)の前にはわからないので~
とはいえ、
かなり大きくなって膨隆して真っ赤で出血があるような肥満細胞腫かも?な腫瘤
換言すると、
ダリエ徴候がすでにおきていそうな腫瘤に対してFNA(細針生検)をした後、血が止まりにくかったことを過去に経験しているので
そういう時はダリエ徴候予防の対策をします。
~最初から肥満細胞腫と診断がついている腫瘤に刺激を与える時もダリエ徴候を考慮します~
細胞診は比較的気軽にできる検査なのですが、その腫瘤が肥満細胞腫だった場合ダリエ徴候が起きることがあることをオーナー様に知っていただければなぁと思います。
あと、
補足ですがダリエ徴候以外に
肥満細胞のツブツブに含まれるヒスタミンによって消化管がダメージを受けることもあります。
高ヒスタミン血症からの消化管潰瘍によってひどい消化器症状や貧血になることもあります。
皮膚の腫瘍なのになんで消化器症状が?
と思うかもしれませんがこういうことも起こりうるので肥満細胞腫の診断・治療時には高ヒスタミン血症への対策も時に必要となります。
④核の形態をチェック
犬の皮膚肥満細胞腫には挙動がめっちゃ悪いものからあんまり悪さしないもの(良性に近い感じ)までバリエーションがあります。
めっちゃ悪いものと良性に近そうなものを初心時に見分けることは今後の治療を考えると大切だと思うので私はそこを重視しています。
診断時に見分けるという点で例えば、
細胞診において核の形態を自分でよく見るようにしています。
肥満細胞腫なのかどうかは顕微鏡をのぞけば瞬時にわかります。
それがわかったら次に腫瘍細胞それぞれの核がどんなになっているのかをよく観察します。
核の大小不動が激しかったり変な形の核だったり細胞分裂が盛んな感じだと
これは悪そうだ!
と判断してさらなる検査や今後の治療に反映させています。
とはいえ、
自分の目を過信していません。
最終的には、病理医による細胞診や病理組織診断も参考にします。
繰り返しになりますが、
細胞学的悪性度を判断することは肥満細胞腫の初期診断で重視しています。
⑤増大速度も考える
良さそうor悪そうの判断といえば、肥満細胞腫の増大速度もけっこう重要です。
短期間で急速に増大する肥満細胞腫は挙動や予後が悪そうと判断します。
逆に、
腫瘤(=肥満細胞腫)がその場所に限局していて何カ月も大して大きさに変化がないものはどちらかというと良さそうと判断します。
例えば、
「けっこう前からある体幹のしこりですがこれはなんですか?大きさはずっとそんなに変わりない感じだけど…」
という感じの主訴の犬で細胞診してみたら肥満細胞腫だった時
~細胞診所見はツブツブいっぱいで核の大小不同がない肥満細胞がいっぱいでていることが多いです~
こんな時は良さそうな肥満細胞腫としてこの先必要な診断and治療プランを提示します。
⑥腫瘤の場所で違いは?
あと、
肥満細胞腫ができた場所も良さそうor悪そうの判断材料にいちおうなります。
皮膚肥満細胞腫は発生部位によって挙動や予後が良かったり悪かったりするというのは昔からよく聞いてきました。
~例えば、口唇周囲や鼻鏡部にできた肥満細胞腫は予後が悪いとよく言われています~
しかし、
近年は、発生部位によって一概に良い悪いをいいきれないという意見もあります。
私としては、発生部位によってリンパ節に転移しやすい等はあると思っていますが…
↑かなり昔に診療した口周りの肥満細胞腫。最初はここまでの腫瘤ではなかったのですが悪そうという診断はしていました。その後、急速増大してこのようになりました。悪そうと判断したときの初動の大切さを実感しました。
発生部位の先入観に左右されず、基本に忠実に腫瘤局所の細胞診や病理所見、周辺リンパ節転移or遠隔転移の有無から挙動や予後を考えるようにしています。
~ただ、発生部位によって外科でとりにくそうな位置だなぁ…マージンどうしよう?…と考えることはよくあります~
⑦所属リンパ節をチェック
肥満細胞腫がリンパ節に転移しているかどうか?は予後や今後の治療に大きくかかわります。
リンパ節転移の評価方法(例えばHN分類)については様々な報告がされています。
~犬の肥満細胞腫においてリンパ節をどうするのか?というのは近年けっこう議論されている気が私はします~
当院での皮膚肥満細胞腫におけるリンパ節転移の評価は…
数年前までは触診で所属リンパ節の大きさを診る程度でした。
~もしもリンパ節腫大があれば、そのリンパ節のFNA(細針生検)からの細胞診をしていました~
しかし、
今ではリンパ節腫大の有無に関わらず、所属リンパ節のFNA(細針生検)からの細胞診をできればするようにしています。
~ちなみにリンパ節が腫大していないからといってリンパ節転移がないとは言えません~
~所属リンパ節=センチネルリンパ節(腫瘍細胞が最初にたどりつくリンパ節)とは限らないのですが、せめて所属リンパ節だけでも検査してみようと考えています~
~後肢端なら所属リンパ節は膝下リンパ節とは限らず、内側面と外側面で所属リンパ節が違ったりもします~
とはいえ、
例えば、後肢端の肥満細胞腫であれば、膝窩リンパ節を検査するだけで、鼠径リンパ節や内腸骨リンパ節まで検査できていないのが当院の現状です。
もしも、
細胞診で悪そうな肥満細胞腫を疑う場合は、信頼できる二次診療施設様に細かいリンパ節のチェックをお願いするようにしています。
⑧リンパ節の細胞診
リンパ節細胞診もとりあえず私がまずはしています。
リンパ球の中に肥満細胞がたくさん出現していたり、塊になって出現しているならば、転移があるだろうと想定して今後必要なことを考えます。
~私は病理医ではなくただの臨床医なので細胞診でリンパ節転移の有無をバシッと診断できるわけではないですが…~
ちなみに、
正常なリンパ節にも肥満細胞は存在します。
だからこそ、
リンパ節細胞診で肥満細胞を見つけたからといって転移しているとは全く言えません。
肥満細胞の出ている量や出方、形態を総合的に考えて転移の有無を判断します。
~正確にはリンパ節切除からの病理組織診断が必要です。Weishaarさん達の示したHN分類に沿って転移の評価をするのがベストだと思っています~
とにかく、しつこいですが…
肥満細胞腫においてリンパ節転移があるかどうかは今後の治療や予後に影響します。
~肥満細胞腫のリンパ節転移の病理解釈が細かくなってきているのでリンパ節転移=悪という判断は必ずしもできなくなってはいますが…~
⑨時には肝臓や脾臓も
肥満細胞腫が遠隔転移しやすい肝臓や脾臓の精査は臨床ステージを決定するのに必要です。
その一環として、
当院では、エコーやレントゲンといった画像診断で肝臓や脾臓のチェックをしています。
肝臓や脾臓の大きさはどうか?臓器内に結節性病変、び漫性病変がないかをチェックします。
ただ、
はっきり言って、これだけで転移の評価ができるのか?というとできません。
なぜならば、
画像診断で著変がないからといって転移がない(or腫瘍病変がない)とは全く言えないからです。
もう少し正確に評価するためには、肝臓や脾臓のFNAからの細胞診もさらに必要になります。
しかしながら、
(完全な個人的見解ですが)良さそうな肥満細胞腫であれば(過剰な検査になりかねないので)画像診断だけの転移評価でもとりあえずはよいと私は思っています。
もしも、
肥満細胞腫に悪そうな感じがあるor所属リンパ節転移があるような場合は、(画像診断だけでなく)肝臓や脾臓のFNAからの細胞診をオーナー様に提案するようにしています。
腫瘤の細胞診だけでなく転移の有無などの全身評価をすることは、今後の治療や予後を決める上で大変重要です。
とにもかくにも、
どこまで深追いして検査していくのかは悩む点です。
~過剰な検査も過少な検査もなるべくしたくないです~
ここまでで、
細胞診や腫瘤の増大傾向で肥満細胞腫の挙動がすごく悪そうか?そうでもなさそうか?目星をつける話を書きました。
~ちなみに良さそうor悪そうを判断する因子(悪性度を予測する因子)は他にもたくさんあります(この記事では割愛していますが)~
その良さそうor悪そうの初診時判断が悩みを解決させる大きな一手となります。
➉治療の軸は外科手術
良さそうor悪そうに関わらず肥満細胞腫の治療の軸は外科手術であると私は思っています。
腫瘤から三次元方向の余白(マージン)をとっての拡大切除が基本です。
リンパ節転移がない低~中悪性度の肥満細胞腫であれば外科的拡大切除によって完治を狙うこともできます。
なので、
拡大切除可能であれば拡大切除を一番に推奨しています。
~悪そうな肥満細胞腫であれば拡大切除+αの化学療法、放射線療法、分子標的薬療法も検討します~
しかしながら、
拡大切除に至らないこともありうるのが一次診療の現場です。
・犬が高齢で一般状態がよくない
・拡大切除しにくい部分に肥満細胞腫がある
・切除を躊躇するほどあまりにも大きい
・拡大切除後の術創管理が不安
・オーナー様が外科切除に抵抗感がある
・拡大切除による顔貌の変化が心配
・二次診療施設に行ってまでの手術は…
例えば、上記のような時に外科ではなく内科治療で始めましょうということもあります。
⑪内科的な治療
高知県内で犬の放射線治療をできる施設は(私の知る限り)存在しません。
犬の肥満細胞腫は放射線感受性が高いのでそれはいい治療法だと思うのですが、他県まで治療に通わないといけないことを思うと気軽にできる治療ではありません。
となると、
高知県内でできる外科以外の治療は内科治療(≒全身療法)orふんわり外科治療、もしくはその両方になります。
~あくまで緩和目的の治療になります。内科、ふんわり外科以外にも光線療法やレーザー療法もあります~
ちなみに、
三次元方向に余白(マージン)をしっかりとっての拡大切除するのをがっつり外科治療とすると…
局所麻酔などを使用して腫瘤を少しの余白で生検トレパンなどで切除する処置=ふんわり外科治療(全身麻酔なし)とここでは私が勝手に名前をつけています。
⑫肥満細胞腫とプレドニゾロン
(拡大切除=外科治療を選択しないorできない時に)
皮膚肥満細胞腫の治療(局所制御)のためにビンブラスチンやCCNUといった抗がん剤を用いた化学療法を実施した経験が私にはないのでここでそのことは割愛します。
皮膚肥満細胞腫の治療で「外科はちょっと…」という時に当院ではプレドニゾロンをよく使用しています。
プレドニゾロンを投与することによって完治は難しいものの、ほとんどの例で腫瘤は大なり小なり縮小します。
~腫瘤へのステロイド局所注射を併用することもあります~
うまくいったら肥満細胞腫が消えた!ということもあるかもしれません。
プレドニゾロンは肥満細胞腫に対して治療反応性が高いと感じます。
なので、
プレドニゾロン単剤の投薬、休薬を繰り返しながら腫瘤局所をどうにかこうにか制御したり…
~もちろん肥満細胞腫の臨床ステージ、一般状態の評価あってのこういう治療です~
「腫瘤が巨大過ぎて外科はかなり困難極まりそう…しかも一般状態もよくない」という肥満細胞腫に対して生活の質を維持・向上するためにプレドニゾロンを投薬…
こんな治療もしてきました。
あと、
賛否がわかれるやり方とは思いますが、プレドニゾロンで腫瘤をある程度縮小してから外科適応を再考するということもしたことがあります。
プレドニゾロンによる内科治療は
・治療効果がある程度期待できる
・費用も副作用もオーナー様が許容しやすい
こんなところがメリットです。
完治は難しいけれども緩和目的であればプレドニゾロンは一次診療において非常に有用と実感します。
⑬肥満細胞腫と分子標的薬
分子標的薬とは腫瘍細胞の表面にある特定の増殖スイッチを止める薬です。
「そんなこと書かれてもよくわからない!」って感じだと思うのでわかりやすい例えで言うと…
飲食店の呼び出しボタンで考えてみます。
「(注文などの)なんか用があって席でボタンを押す」→すると店員さんがやってくる
これが正常な形です。用があるからボタンを押す→ピンポンなるという感じです。
しかし、
この呼び出しボタンに異常が起きてぶっ壊れてしまって…
ボタンを押してもないのにピンポン!ピンポン!鳴りだしたとすると、用もないのに店員さんは何度も席に呼ばれてしまいます。
迷惑な話です。
このぶっ壊れた特定の呼び出しボタンのピンポン音を様々なアプローチで非破壊的に止めにかかる薬が分子標的薬になります。
~従来の抗がん剤はぶっ壊れていようがいまいが全ての呼び出しボタンを破壊するような薬です~
~抗がん剤は、ぶっ壊れた呼び出しボタンの方を破壊しやすいとはいえ、全てのボタンににダメージを与えます~
~破壊したらピンポンは止まりますが正常なボタンも傷ついてしまいます~
よくある従来の抗がん剤はぶっ壊れていようがいまいが作用を大なり小なり発揮するのですが、分子標的薬はぶっ壊れた特定の呼び出しボタンをターゲットにして作用を発揮します。
ここからは、話を肥満細胞腫と分子標的薬に戻します。
肥満細胞腫でいう呼び出しボタンはKITタンパクというものになります。
腫瘍化した肥満細胞が増殖するうちにc-KIT遺伝子(≒KITタンパクの設計図)という遺伝子に変異が起きてしまい異常なKITタンパクができてしまいます。
異常なKITタンパク=ぶっ壊れた呼び出しボタンです。
異常なKITタンパクが細胞表面で用もなくピンポン!ピンポン!やりだすことで細胞増殖シグナルが活性化して腫瘍が増大します。
このぶっ壊れた呼び出しボタンをなんとかしなきゃ!
ということで、
⑭肥満細胞腫とイマチニブ
KITタンパクを標的にしているイマチニブという分子標的薬が肥満細胞腫の治療ではよく使われています。
~イマチニブの犬への使用は適応外使用になります~
ぶっ壊れた呼び出しボタン(=異常なKITタンパク)のピンポン連打を止めることで肥満細胞腫の増殖を止める薬です。
ちなみに、
分子標的薬の中にはトセラニブ(商品名パラディア)という肥満細胞腫を適応とする動物用医薬品もあるのですが…
イマチニブと違って標的対象が複数存在する(KITタンパク以外も対象)ために副作用が心配という印象です。
~難しく言うと、トセラニブはイマチニブよりKIT選択性が弱いのでイマチニブを選ぶことが多いということです~
↑パラディアはもっぱら肥満細胞腫以外で使われることが最近は多い気がします。頭頸部腫瘍や各種腺がんにどちらかというと使用しています。適応外使用ですが。
ここまでの紹介で、
「特定の腫瘍細胞に効果があって、イマチニブは夢のような薬だぁ♪これだけで完治できそうかも♪」
と思う方が万一いるかもしれませんが、そんなことは全然ありません。
イマチニブは単独で完治を狙えるような薬ではありません。
~緩和目的なら単独でも狙うこともできます~
どちらかというと、
外科や放射線、その他内科治療と併用して力を発揮する薬になります。
そして、
イマチニブの効果はずっと続くのかというと…
外科治療を適応できなかった犬に緩和目的でプレドニゾロンとイマチニブ併用した経験から言うと、ある程度腫瘍をコントロールできても、どこかで薬が効かなくなることがほとんどでした。
~治療効果をその都度評価しながら、許容できない副作用がない限りイマチニブをずっと継続するようにしています~
このようにイマチニブへの耐性発現はあります。
もちろん、
イマチニブには(特に長期使用で)骨髄抑制のような副作用が起こることもあります。
そもそも、
効果がないこともあります。
~あと、薬剤の価格が高いことも欠点かなと思います~
⑮c-KIT遺伝子の変異
イマチニブを代表とする分子標的薬の効果がないこともある。
では、
効果があるか?ないか?を投薬前に予想できないのか?というと…
c-KIT遺伝子(≒KITタンパクの設計図)の変異→異常なKITタンパクができる
ザっとこんな流れなので、
c-KIT遺伝子変異があるか?ないか?を調べることによってある程度分子標的薬の効果を予想することができます。
~腫瘍組織or細胞、細胞診標本からc-KIT遺伝子変異を調べることができます~
腫瘍組織にc-KIT遺伝子変異があれば分子標的薬への反応性が高そうということが事前にわかります。
~実際は、c-KIT遺伝子変異があれば必ず効果ありというものでもないし、変異がないからといって効果ないともいいきれません~
ただ、
c-KIT遺伝子変異検査は時間と費用がかかる検査なので、その検査を割愛して試験的に分子標的薬を投与して効果をみることを私はよくしています。
~c-KIT遺伝子変異が分子標的薬治療の反応率に関係あるかどうかはまだまだ議論されている問題です。あるのは間違いないと私は思っていますが~
じゃあ、
c-KIT遺伝子変異検査なんかいらない!
とりあえず投薬してみたらいいんじゃない?
と短絡的に考えがちですが、c-KIT遺伝子変異があることが挙動の悪い腫瘍の因子という報告もあるので予後を考える上で有用な検査と考えるように私はなってきました。
一次診療の現場でc-KIT遺伝子変異検査が絶対必須とまでは思いませんが、余裕があれば細胞診と同時にこの検査をするのも悪くないかなと思います。
⑯肥満細胞腫とステルフォンタ
日本では未承認の薬なのでかんたんに使える薬ではないですが、すごい薬が海外では販売されています。
その薬は商品名:ステルフォンタ(一般名:チギラノールチグラート)
皮膚肥満細胞腫治療薬として承認されている薬です。
私は使ったことないですが、最後におまけとして紹介します。
この薬のすごいところは皮膚肥満細胞腫局所に注射するだけで腫瘍をやっつけられるところです。
局注部分に限局した炎症をおこして腫瘍細胞死を誘発するという感じです。
~腫瘍細胞だけにアポトーシスを誘導するすごさです~
ほんとにそれで治るの?って感じですが、私の記憶が正しければ…
一回局所投与で1年後の完全寛解率約70%だったと思うので
一回局所注射するだけで完治できると言えなくはなさそうです。
それでいて、
副作用は比較的軽度というのもすごいかなと思います。
~皮膚の治癒経過は派手な感じですが…~
外科が適応できない場合にもってこいになりそうな薬です。
分子標的薬なんかより夢の薬感があります。
将来的には、外科以外の治療の大きな選択肢になるかもしれません。
~これからに期待です~
犬の肥満細胞腫で手術しない!という時代がくるかもしれません。
⑰結局何がいいたいの?
犬の皮膚肥満細胞腫について思いつくことを書いていたら、いつのまにか長文になってしまいました。
最後まで熱心に読んでいただいた方には感謝申し上げます。
で、
結局ダラダラ長い記事で何が言いたかったのかと言うと…
犬の皮膚肥満細胞腫は低悪性度と高悪性度のもので挙動が全然違う!!
悪いものはほんとにめっちゃ極悪非道だし、良いものは切除すれば大きな苦労もなく完治を狙える!
だからこそ、
初診時にそれが良さそうなのか悪そうなのかをしっかり判断した方がよい!
良さそうなのか悪そうなのかによって今後の見通しが全然違う!
そして、
良さそうなら良さそうなりの対応、悪そうなら悪そうなりの対応をする必要がある。
とにもかくにも、
初期対応がめっちゃ大事!!!
ということです。
良さそう悪そうの判断を私がどのようにしているかは、ここまでダラダラ書いてきた通りです。
当院では、一次診療でできる範囲の検査で良さそう悪そうの判断をさせていただいています。
その上で、
悪そうor明らかに悪いのであれば、状況に応じて二次診療施設を紹介しています。
二次診療施設までは…という場合は当院でできることを実施しています。
どんな状況であれ、オーナー様と共に肥満細胞腫と戦う準備はいつでもできています。
肥満細胞腫の診療を希望されるオーナー様は必ず副院長を指名しての来院をお願いいたします。