乳腺腫瘍について①(再掲載)

乳腺腫瘍と戦うぜ!!(第9回日本獣医がん学会報告)(再掲載)

2013-8-11(日):乳腺腫瘍と戦うぜ!!(第9回日本獣医学会レポート)再掲載です。

 7月初旬、山下は第9回日本獣医がん学会に参加してきました。今回もまたまた母校である麻布大学での開催でした。学会でのメインテーマは乳腺腫瘍です。ということで乳腺腫瘍について新しい知見も含めながら攻略していきます。もちろんサイト内で全てを書ききれないので「少し」攻略とします。攻略といっても組織学的な話や詳細な治療の話をしても専門的な話ばかりになり退屈だと思いますので、オーナー様が理解しやすく、かつ気になるところを書いていきたいと思います。乳腺腫瘍との日々の格闘の様子を感じていただければと思います。

全力で不安を取り除く

 「胸になにかしこりがあります」乳腺腫瘍を見つけて来られるオーナー様の多くがこのような訴えで来院されます。そして、そのしこりが乳腺腫瘍だとした場合、「この先、この子はどうなるんだろう?最悪、命にかかわるの?」「おいといてもよいものか、手術などでとったほうがよいものか?」というような不安、心配がオーナー様の頭の中に渦巻くと思います。このような不安・心配を知識と経験・技術、そして情熱によってすこしでも取り除いていくことが私達獣医師の仕事です。
 「この先どうなるのか、治療をどうしたらよいのか」について答えるためには診断が重要になってきます。きちっとした診断をすればその先の道に光が差します。暗い道より明るい道のほうが歩きやすいということです。

この先、どうなるのか?大丈夫かな?

 「乳腺のしこり、この先どうなるのか?」はっきり言うと正確には誰にも分かりません。神のみぞ知る領域です。ただし、それでは治療の選択にも困りますので、多くの症例の研究によってある程度予測をできるようにしてあります。この先どうなるのかという予後につながる因子がいくつかあげられています。その予後因子を複合して検討し、「この先どうなるのか」という疑問に正しく答えて(推定して)いきます。
 オーナー様にもすぐ分かる因子としてしこりのサイズがあります。しこりを手で掴んでその最大径を定規で測定します。しこりのサイズは犬・猫共にかなり重要です。犬でサイズが1㎝以下であるなら命に関わることはありません。老齢である、今何か持病があるという場合、リスクをとってまでも治療する必要ありません。そのサイズが1㎝以下と1~3㎝では雲泥の差(犬の場合)があります。乳腺のしこりは大きければ大きいほど悪いものである可能性が高いと言えます。しこりを見つけたらまずは家庭でサイズを測定してみてください。なお、猫の場合は小さくても油断はできません。
 リンパ節や肺などへの転移の有無というのも重要な予後因子です。転移の有無を見るのはオーナー様には出来ませんので、ここからは獣医師による仕事になります。乳腺腫瘍の転移の有無を見るには、全体を見るのはもちろんですが、ポイントポイントをきちっと押さえていくことが必要です。各乳腺を流れるリンパ液には流れがあります。その流れに沿って腫瘍細胞は転移していくので、流れも意識しながら転移状況を調べていきます。頭側の乳腺であるなら、脇のリンパ節に入ってそこから胸の中のリンパ節に入っていきます。尾側の乳腺であるなら、ソケイのリンパ節に入ってそこからおなかの中のリンパ節に入っていきます。このような各乳腺のリンパ走行の詳細が最近徐々にわかってきています。最近は、乳腺のリンパ走行を意識して、診断・外科手術を実施することにより治療成績をよりよくしようとしています。

手術の前にしこりがなんなのか知りたいな

 乳腺のしこりの正体を知る為には、「手術によって切除し、切除した組織を病理検査に提出し組織学的診断をする」のがセオリーです。なぜなら一番正確な結果が得られるからです。とはいえ、「悪性なようだったら手術したいな」、「悪そうなものだったら手術します」という声があるのも事実です。そのような場合、しこりを針で刺して細胞を採取しそれを顕微鏡で見てみる(いわゆる細胞診を行う)こともあります。ただし、この細胞診はほとんどの場合において乳腺腫瘍の正しい良悪が分かりません。乳腺腫瘍かその他の皮膚の腫瘍か程度しか分かりません。手間と費用のわりに有用なことが得られないことが多いし、その後手術となると二度手間になるために私はまず術前の細胞診は行いません。「細胞診ではおそらく良性の乳腺腫瘍が疑われるが、切除して組織を見ないと正確にはわからない」という結果が得られることが多いのも術前細胞診をしない理由です。乳腺腫瘍の治療は「診断を兼ねての腫瘍切除」が第一選択であると提示します。
 新しい知見として、細胞診よりも、もっと客観的に乳腺腫瘍の良悪判定が術前に分かる検査が最近一般病院でも利用できるようになっています。マイクロサテライト解析というものです。しこりから微量の細胞を採取し、その遺伝子の中の塩基配列を解析する方法です。もちろん、100%ではないですが高い確率で客観的に乳腺腫瘍の良悪判定ができます。しかしながら2020年現在でも、マイクロサテライト解析は普及してないと私は思います。費用対効果も関係しているかもしれません。

さあ、治療に入ります

 乳腺腫瘍の治療の柱は外科治療です。要するにしこりを切除するということです。外科治療に耐えられる体力がある場合、外科治療を優先して行います。しこりが腫瘍(良悪関わらず)であるのなら、外科以外に有効で確実な治療法がないからです。
 ここで、よく問題になるのは「いったいどれだけ切除したらいいのか」ということです。言い換えると、しこりだけ摘出するのか、一つの乳腺を摘出するのか、それとも上から下まで片側の乳腺全部摘出するのかということです。獣医師によって考え方が多数存在する問題です。この問題を考える上で、「完全に乳腺腫瘍がとりきれる限り、それ以上切っても予後に影響がない(新規病変は除く)」という原則を考慮する必要があります。ただひたすら拡大切除をすればいいものではありません。拡大切除の意義は、これから乳腺腫瘍になるのを予防しようというものです。そもそも、乳腺という組織がなければ、乳腺腫瘍になることはありません。極端に言えば、両側の乳腺すべて切除すれば腫瘍になることはなくなるのです。まだまだ若い動物であれば拡大切除の意味はあるかもしれませんが、老齢の動物などでは拡大切除する意味はないかもしれません(デメリットが上回るから)。要するに、大きく切るのは予防的な意味で実施するということです。この問題に付随して、「卵巣・子宮も同時に摘出したらよいのか」という問題もあります。同時に不妊手術した方が予後がよいという意見もあれば、関係ないという意見もあります。結局、どっちがいいか分かりません。ただし、これからの予防(乳腺腫瘍、卵巣・子宮疾患の予防)という側面で考えるのなら同時に卵巣・子宮摘出も悪くはないかなと思います。
 ここまで、病気のことだけに主眼をおいて書いてきましたが、当院では病気単体を診るよりも、飼い主様、ワンちゃん・ネコちゃん自身を診るというスタンスで腫瘍診療をしていますので極端な拡大切除をすることはほとんどありません。感情論かもしれませんが、「だれでも、いっぱい切られるのはいやなもの」です。大切なワンちゃん・ネコちゃんならなおさらです。予防だからといって、割り切って簡単に大きくメスを入れられるものではありません。

外科以外はなにがあるのかな?

 外科以外の治療法は根本的に治す治療法ではありません。外科以外の治療法は緩和目的です。切除不能なもの、全身にとんでしまっているもの、手術に耐えられない時などが外科以外の治療適応です。乳腺のしこりに対して抗がん剤治療をすすめられたという話をたまに聞きますがこれは無意味です。手術でとれるだけとってその後に抗がん剤というのならまだ分かりますが(これですら多少いいかもというレベル)、乳腺の触れるしこりに対しての抗がん剤治療単体はデメリットが上回ります。
 放射線治療についても、やはり治すというより緩和を目的として行います。巨大な乳腺腫瘍を多少小さくする、痛みを取り除く、リンパ節転移で大きくなったリンパ節を小さくするといった目的で行います。
 免疫療法(インターフェロン、様々なサプリメント類など)は、乳腺腫瘍のこれ以上の増大をおさえる力があると思いますが、大幅に縮小という効果まではないような気がします。QOL(生活の質)の維持向上にはかなり有効です。その上、副作用もほぼ無いので有力な治療選択肢であると思います。他の治療法と併用するとなお効果的だと思います。

まとめ

 ワンちゃん・ネコちゃんにおいてオーナー様が発見しやすい腫瘍の一つ、乳腺腫瘍。オーナー様にこの腫瘍のキャラクターをすこしでも知っていただければと思い書きました。なにかお悩みのことがあれば気軽に当院にご相談ください。

2020年05月06日