腫瘍内科への取り組み ver2.0
腫瘍の治療に関して、常に外科適応になるとは限らず、内科適応となるケースも多く存在します。リンパ腫等の造血器系の腫瘍は内科適応の代表です。そして外科治療に耐えられるまで全身状態を整えること、動物の痛み・苦しみを緩和させることも内科治療の役割です。
このページでは、腫瘍治療の中でも特に内科的な対応について当院でどのように取り組んでいるのかの概略をお知らせいたします。加筆・修正を加えながら徐々に完成を目指してまいります。
当院における腫瘍への内科的対応
化学療法(抗がん剤治療)への基本スタンス
まずは、腫瘍内科の中でも化学療法、わかりやすく言うと抗がん剤治療に対する当院の基本スタンスについて紹介します。
抗がん剤は使い方を間違えると「毒」にもなる薬です。それだけに取り扱いや適応にはかなり気をつかいます。デメリットよりもメリットが上回ると考えられる場合のみ使用します。
癌のしこりが肉眼で見えるような段階では原則として使用しません。リンパ腫等造血器系の腫瘍、抗がん剤が著効する腫瘍(CTVT)など例外はありますが、基本的に腫瘍が目に見えるようになってからでは抗がん剤はあまり効果がありません。腫瘍そのもの、つまり局所を制御する力が抗がん剤にはあまりありません。外科、放射線療法の局所制御能力にはかないません。
抗がん剤というのは、あくまで目に見えない病変、顕微鏡でしか見えないような癌細胞に対して力を発揮してくれます。
当院における化学療法全般の最大の特徴は、徹底的に飼い主様とお話し、納得していただくということに尽きます。各薬剤の使用目的、有害事象、投薬管理のこと、食事のことなど、どんな些細なことでもお話します。
犬の多中心型(び漫性大細胞型)悪性リンパ腫との対峙
ここでは犬における全身の体表リンパ節が腫れるタイプのリンパ腫の治療に限って書かせていただきます。
リンパ腫=抗がん剤を用いた治療というのは間違いではないですが「その他」の治療法もあります。そして一口に抗がん剤治療といっても「様々なバリエーション」があります。もちろん「その他」と「様々なバリエーション」の組み合わせもあります。
多く存在する治療法の中からそのワンちゃんにあった選択肢をオーナー様にご提案いたします。リンパ腫の治療に対する柔軟性が当院の一つ目の特徴だと思っています。
そして、いざ抗がん剤治療をはじめるとなると重要になってくるのが各種薬剤の用量です。用量を少なくすると副作用はないけれど腫瘍への効果もありません。かといって用量が多いと副作用が強く出過ぎることもあります。「薬剤強度をしっかり保ちつつ、有害事象をできる限り抑えていく」という強い意識こそが当院の二つ目の特徴です。
5年前と比べて、2020年のリンパ腫治療に持ちうる抗がん剤、プロトコルにそれほど大きな変化は感じません。すごい効果ある薬が開発された!というのも感じません。
変化があったのは、抗がん剤の有害事象をすこしでも抑制する薬剤・方法です。
化学療法剤(抗がん剤)は、分子標的薬と違って有害事象の予想ができる薬剤です。考えられる有害事象がおきる時期を前もって予想し、そこにピンポイントで対応する薬剤を使用します。
抗がん剤の有害事象を抑える薬剤の進歩こそが5年前との違いです。消化器症状、骨髄抑制に対して対抗する新しい薬剤が出現しています。
これらの薬剤によって、薬剤強度をしっかり保ちつつ治療を行えるようになってきています。
悪性リンパ腫が再発した場合
原則として、犬のリンパ腫に完治はありません。2年生存する例はありますが、完全に治るということは現状でもほぼありません。
完治がないということは、当然再発(再燃)があるということです。同じ抗がん剤を使えば使うほど耐性ができます。耐性ができてくると抗がん剤が効かない場面に遭遇します。リンパ腫の標準的な治療が効かなくなった場合にさあどうするか?ということです。
もし、他院からの転院での治療という場合、まず今までの治療(薬剤強度・プロトコル・投与間隔など)を洗い直します。抗がん剤が効かないのではなく薬剤強度が不足している、投与計画が曖昧ということが多々見られるからです。そこに問題がなかった場合、今まで使ったことのない抗がん剤の使用を検討します。
ただし、再発(再燃)時の治療反応は初期治療と同じとはいきません。効果のある期間がかなり短くなることや、そもそも効果がないということもありえます。リンパ腫の標準的な治療が効かなくなった場合というのは非常に困難な状況であることを理解していただきます。
再発時の治療は、どちらかというと可能性に賭けての治療になりますので、オーナー様の考え方を初期治療以上にお聞きいたします。デメリットよりもメリットが上回ると考えられる場合のみ使用するという大原則に立ち返り説明させていただいております。
その結果、これ以上抗がん剤を使わない方がよいという場合もありますし、可能性に賭けて積極的に治療する場合もあります。その見極めをしっかりとしていきます。
補助的化学療法
悪性腫瘍の治療において、手術で腫瘍をできる限り取り除いた後に今後の転移・再発を予防するため化学療法(抗がん剤療法)を実施することがあります。これを補助的化学療法と呼びます。
当院においては、前述の基本スタンス通りにその適応を吟味します。なんでもかんでも外科の後に抗がん剤治療が必要なわけではなく、したほうが明らかに予後がよい場合にのみ適応します。
腫瘍の種類・性格(脾臓の血管肉腫、断脚後の骨肉腫、口腔内悪性メラノーマなど)、摘出した組織の状況(血管内やリンパ管内浸潤があるか、きれいに取り切れたのか?)、現在の全身状態など多方面から考えて、その適応を考えています。
悪性腫瘍を手術で取り除いたけれども、これで一件落着なのか不安だなという方は補助的化学療法という選択肢を獣医師に相談した方がいいかもしれません。
メトロノミック化学療法(経口低用量化学療法)
従来の化学療法(抗がん剤療法)は、ワンちゃん・ネコちゃんが耐えられる最大用量を最短の間隔で投与していくという方法でした。その方が薬剤強度が高く保て、腫瘍をつよくたたいていけるのですが、同時に有害事象がでる確率も上がります。その有害事象がネックとなって化学療法を選択・継続できないケースも出現します。
それに反して、メトロノミック化学療法では低用量の抗がん剤を毎日、メトロノームのように投与していきます。低用量を毎日投与する(休薬期間をつくらない)ことによって、抗がん剤の副作用は従来の化学療法より減少します。それでいて、従来の化学療法に迫る腫瘍の長期的な制御も報告されています。
このメトロノミック化学療法の獣医学領域における適応については未だ議論されている途中です。メトロノミック化学療法というのは、腫瘍(がん)をぶったたきに行くというよりも、これ以上悪さをしないようにおとなしくしてもらう(いてもいいけどおとなしくしといてね)ことが目的です。
この治療法の主なメリットは頻回の通院が不要(通院による注射、血管確保などのストレスがない)、有害事象が少ないことによる生活の質の維持・向上が挙げられます。
デメリットとしては、毎日薬を投与するのはオーナー様なので、オーナー様が抗がん剤被爆する可能性があるということです。経口投与による薬剤の体内吸収が不安定な薬もあります。
メトロノミック化学療法は術後補助的化学療法、末期がん症例における治療法に対して新たな治療選択肢を与えるものとして期待されています。しかし、どの腫瘍にどういう薬を組み合わせたらよいのかというのは、まだまだ不明な点もあり、詳細な検討が待たれます。
当院ではメトロのミック化学療法の場合に、適応を吟味したうえでクロラムブシルを使用することが多くなってきています。