「犬と猫のリンパ腫には様々な分類がある」ということは以前に書きました。
その様々に分類されるリンパ腫治療の大きな柱の一つが化学療法になります。
リンパ腫の化学療法といえば、
数種類の抗がん剤を使用する多剤併用療法がスタンダードな治療法になっている
とは思うのですが、多剤併用療法を必ずしも選択できるわけではありません。
単剤(多くて2剤)で治療することも当院では多々あります。
仮に、
①リンパ腫を単剤で治療するとしたら…
(どんなタイプのリンパ腫かにもよりますが…)
単剤での治療をオーナー様が希望されるのであれば、(治療選択肢の一つとして)私はドキソルビシン単剤をまずは提案しています。
~単剤で!となると、リンパ腫をやっつけるパワーが強いのはドキソルビシン単剤だからです。ただし、どんなタイプのリンパ腫かにもよりますが…~
↑多剤併用療法の時必ず使用するドキソルビシンさん。これぞ抗がん剤という感じの赤い薬剤です。厳格な管理の元で投薬すれば有害事象はマイルドなものだと思っています。症例によりけりですが。
とはいえ、
単剤での治療を希望されるオーナー様は
・注射での抗がん剤投与に抵抗感を持たれる方も多い。
~そもそも抗がん剤治療そのものにも抵抗感を持たれる方も多い~
・抗がん剤の予期せぬ有害事象を心配される方も多い。
・治療費に対して不安を持たれる方も多い。
ということで、
ドキソルビシン単剤での治療を選択されるオーナー様は当院では多くはありません。
~ドキソルビシン単剤を選択するなら、やっぱり最初から多剤併用療法で治療しよう!ということが多いです~
では、
リンパ腫を単剤治療していく時に当院でよく使用している薬剤は何か?というと
プレドニゾロンが主
となります。
②リンパ腫とプレドニゾロン
プレドニゾロン単剤での治療は動物やオーナー様にとってメリットの大きい治療だと思います。
そのメリットを私なりに考えると…
・どんなタイプのリンパ腫にも大なり小なり効果がある。
~生活の質の維持・向上を期待できる~
・家庭で経口投与できる。薬剤曝露の心配も比較的少ない。
・治療モニタリングとして頻繁に血液検査をする必要がない。
・頻繁に通院する必要もない。
・多飲多尿という主な副作用はあるが、その副作用は許容できる範囲。
・治療費も比較的おさえることができる。
というものが考えられます。
プレドニゾロンという薬は、
このまま自然に任せるのではなく、できればなんらかの治療をしてあげたい!
~でも、負担の大きな治療はなるべくしたくないなぁ~
というオーナー様の気持ちに寄り添ってくれるすばらしい薬剤だと思います。
しかし、
プレドニゾロン単剤での治療にも欠点があって、
その最大の欠点は、
(多剤併用療法と比べて)
寛解期間や生存期間が短い!
ことになります。
私の経験上、プレドニゾロン単剤治療では
いったんはよくなる(臨床症状の改善)けど、3か月前後で再燃して少しづつ悪化してしまうケースが多いと思っています。
③プレドニゾロンとシクロホスファミド(商品名:エンドキサン)
上記したプレドニゾロン単剤の欠点をすこしでもカバーするために当院ではプレドニゾロン+αとしてシクロホスファミドを併用することがあります。
シクロホスファミドを併用するメリットを私なりに考えると…
・プレドニゾロン単剤よりも寛解期間を延長できる可能性が高い。
~劇的ではないが数か月延長できる印象がある。印象という言葉は獣医師としてあまり適切ではないと思いますが…~
・家庭で経口投与できる。
~シクロホスファミドは薬剤曝露に注意がめっちゃ必要だが~
・他の抗がん剤のような頻度で(治療モニタリングとして)血液検査をする必要がない。
~月に2回の身体検査とCBC検査で投薬を継続できる~
・通院時の滞在時間が短い。
~動物を長時間お預かりすることのない対応が可能~
・治療費負担も通常の多剤併用療法に比べて少ない。
というものが考えられます。
では、デメリットを私なりに考えると…
・薬剤曝露に要注意。
・無菌性出血性膀胱炎を発症するかもしれない。
という2大デメリットが考えられます。
なお、
シクロホスファミドによる骨髄抑制、消化器障害、脱毛は有害事象としてあるにはあるし、それらは間違いなくデメリットですが、トピックとしてここで挙げるほどではないと私は判断して割愛しています。
④薬剤曝露に要注意
大前提として、
シクロホスファミドは安全な薬剤ではありません。
健康な人間や犬・猫にはできるだけ曝露されてはいけない薬剤です。
なせならば、
この薬には発がん性や催奇形性が存在するからです。
微量の曝露なら大丈夫!
ではなくて、
たとえ微量であろうと、できるかぎり薬剤曝露は避ける!
というスタンスで臨むべき薬剤です。
そのため、
シクロホスファミドを当院から処方する時は大変気を遣います。
例えば、薬剤曝露を避けるという観点から
幼児のいるor妊婦様のいるご家庭では、原則、全症例で院内投薬にしています。
そして、
当院ではシクロホスファミドの錠剤を分割して処方・投薬することはしません。
経口投与回数(例えば週4回など)にこだわっていないので、その週に必要な薬用量を(分割なしの)錠剤で投与することにしています。
~分割してカプセルに入れて処方、ましてや潰して粉にして処方ということは今は一切していません~
~体重的にどうしても分割が必要という時はそもそもシクロホスファミドを使用しません~
具体的に書くと、
週にシクロホスファミドを100mg経口投与したいのであれば、25mgを4回とはせずに、50mgを2回の経口投与にしています。
~シクロホスファミド1錠は50mgなので~
シクロホスファミドは揮発性が高い!
という特徴も考えると安全な薬剤調整ボックスでもない限り分割しようとは思いません。
錠剤そのままの処方・投薬をすると、
犬の場合は、
手袋をしてチュールポケットに錠剤1錠を挿入→ワンちゃんの目の前に(薬入り)ちゅ~るポケットを置く→パクリっと瞬時に投薬完了
となることが多いので薬剤曝露の心配は大変少ないと思います。
ちゅ~るポケットとエンドキサン錠は相性抜群です。
↑エンドキサン処方の時にセットでよく使用するものです。一回の投薬でちゅ~るポケットは必ず余ってしまうので、できれば個別包装にしていただけるとありがたいです。いなば様への要望になりますが。ちゅ~るポケットを開封したらなるべくすぐに全部使用しなければならないというのは日々の投薬という点でコスパが悪いと思います。新鮮さにこだわって製造しているのはよく分かりますが。
猫の場合は、
経験上ちゅ~るポケットに犬ほどの絶大な力を感じないので、それだけに頼らずにいろいろと工夫をする必要があります。
まずはちゅ~るポケットへの興味を確認してみて、それからどうするかな?という感じです。
ちなみに、
エンドキサン錠はウエットなものに包むと表面がすぐ溶けるので、包んで投薬なら一発勝負です。
補足ですが、
低用量のシクロホスファミド(エンドキサン)を毎日投与するというメトロノーム療法という治療はオーナー様への薬剤曝露の危険性という点で当院では実施していません。
⑤無菌性出血性膀胱炎を予防しよう
シクロホスファミドを処方する時、
特に犬に処方する時に必ずオーナー様に指導していることが、
・投薬した日は、水をよく飲めるようにしてください。
・尿を貯めないようにこまめに排尿を促してください。
この2点です。
では、なぜこんなことを指導するのでしょうか?
その理由について診察中に詳しく説明できていないのでこの記事でかんたんに説明したいと思います。
口から体内に入ったシクロフォスファミドは肝臓で代謝されていろいろなものに変化していきます。
~シクロフォスファミドは肝臓で代謝されて活性代謝物に変化することにより薬効を発揮するお薬です~
代謝物がなんなのか?ホスホトラミドマスタードって?のようなマニアックなことはすべて割愛しますが、代謝物のフィナーレとしてアクロレインという物質が生成されます。
このアクロレインが腎臓から膀胱を通って尿として排泄されます。
アクロレイン…
ポケモンの技みたいな名前ですが、このアクロレインという最終代謝物が出血性膀胱炎の原因となります。
膀胱に貯留されたアクロレイン→アクロレインが膀胱の粘膜にじわじわダメージを与える→ダメージが蓄積する→どこかのタイミングで派手な出血性膀胱炎が発生
かんたんにこんな感じです。
シクロホスファミドを服用したからといって必ずしも発生するものではないですが、発生する時は突然です。
~基本的にアクロレインと膀胱粘膜が長時間接触すればするほど発生率がupします~
シクロホスファミドを投与する限り常にこの危険と隣り合わせなのですが、できる限りこの出血性膀胱炎の発生は避けたいところです。
~出血性膀胱炎になってしまうと犬の生活の質が大きく落ちてしまうのでなんとしても避けなければいけません~
では、
この発生を避ける(予防する)ためにはどうすりゃいいのか?
その答えをかんたんに書くと、
アクロレインさん、長居せずに膀胱からさっさっと出て行ってください!
のような感じで…
つまり、
膀胱からさっさとアクロレインに出て行ってもらう→膀胱粘膜との接触時間(≒粘膜へのダメージ)が減る→出血性膀胱炎のリスク低下→発生予防できる!
ということになります。
アクロレインを膀胱出禁にすることはできないので、それとなくすぐに出て行ってもらうこと!
がどうすりゃいいのか?の答えになります。
シクロホスファミドを投薬した日は、
手を替え品を替え犬が水分を摂取できるようにして利尿を促し、尿を膀胱に貯めないようにこまめに排尿を促すようにする
~夜にシクロホスファミドの投薬を絶対やめる。なぜならば、夜は排尿を促しにくいから~
~シクロホスファミドと利尿薬であるフロセミドを同時に処方しているのも出血性膀胱炎を予防するためです~
というのは、
アクロレインにさっさと体外に出て行ってもらうためであり、そのことを通して出血性膀胱炎を予防するためです。
ちなみに、
猫ではアクロレインを原因とする無菌性出血性膀胱炎というのはほとんど報告されていません。
なので、
犬ほどは利尿・排尿に気を遣っていません。
⑥今回のまとめ
犬と猫のリンパ腫治療においてプレドニゾロン単剤治療では超えられない壁をほんのり越えられそうなのがシクロホスファミド併用治療です。
シクロホスファミドの錠剤について、「そんなに効果があるのかな?」と昔私は思っていたのですが、今では(薬用量も含めて)使い方次第だなぁと思うようになってきました。
特に、
猫では比較的高用量のシクロホスファミドを投与することにより治療成績がよくなっているのを実感するとなおさら使い方次第だと思いました。
~ニムスチンもそうですが、根本的に犬と猫ではアルキル化剤の代謝が違うことを思い知りました~
使い方という観点では、有害事象が発生するかどうかも使い方次第です。
シクロホスファミドは錠剤なので家庭で経口投与ができるという点で、注射剤の他の抗がん剤に比べて簡単に投薬できます。
ただ、
それだけに慎重に処方・投与しなければいけない薬剤だと思います。
シクロホスファミドの場合、薬剤曝露のことや出血性膀胱炎のことを代表としてさらに骨髄抑制のことも常に考慮する必要があります。
この世に気軽に使える抗がん剤というものは存在しません。
あらゆる状況を想定して、その動物にとって、そしてオーナー様にとってプラスに働くように抗がん剤を使用していきたいと思います。
なお、
この記事を読んで当院での腫瘍診療を希望される場合は必ず副院長を指名して来院していただくことをお願いいたします。