先日も口腔内メラノーマ(悪性黒色腫)の犬を診療する機会がありました。
~既に他院で口腔内メラノーマという確定診断がされている犬の診療でした~
その時、
治療が難しい腫瘍だなぁ…
と改めて思いました。
そして、オーナー様の立場で考えると
どの治療方法を選択して、どこまで(腫瘍と)戦えばいいのか?という判断に悩む腫瘍だろうなぁ
と思いました。
今回は犬の口腔内メラノーマを治療する時の難しさについて、私の個人的な見解を書いていきたいと思います。
1か月間、手の空いた時や思いついた時に書き連ねていった結果、気づけばかなり長文になってしまいました。
~話はそれますが、この1か月の間にKANさんが亡くなられたことにショックを受けました。「愛は勝つ」からはじまり、様々な楽曲を聴いていたのですが、曲の構成がすごいなと思っていました。悪性腫瘍と戦うことがどういうことなのかを考えさせられました。ご冥福をお祈り申し上げます~
興味のある方だけ最後まで読んでみてください。
写真なしで書きまくってます。
まずは、
難しさ云々の話の前に、犬の口腔内メラノーマがどんな腫瘍なのかをめっちゃ簡単に書いてみます。
特徴① 犬の口腔内悪性腫瘍の中でダントツ一番多く発生!
犬の口の中になんかできてる!なんか見える!口から血がでてる!
という主訴で来院されるオーナー様は大変多くいらっしゃいます。
口の中のそれが何か?は必要な検査をしてみないと分からないのは当たり前ですが、必ずしもそれが悪性腫瘍とは限りません。
炎症性病変であることも良性腫瘍であることもあります。
ここでいうダントツ一番多い!というのは、もしもそれが悪性腫瘍だったら!ということになります。
~口の中のなんか=メラノーマがダントツ多いわけではありません~
特徴② 黒いor黒くないでは判断できない!
「口の中にできてるなんかを見たらジュクジュクしてるとはいえ色は黒くない!」
「メラノーマじゃなさそう…炎症かも?黒くなきゃ安心かも?」
と思って来院されるオーナー様が稀にいらっしゃいますが色でどうこう言えるものではありません。
口腔内腫瘤が、
黒いからといって必ずしもメラノーマというわけでもないし、
黒くないからといってメラノーマではないともいえません。
色にとらわれずにきちんとした手順を経て組織診断をすることによってメラノーマかどうかは診断されます。
繰り返しますが、
口腔内悪性黒色腫だからといって腫瘤が黒いとは限りません!
~むしろ、真っ黒黒でない病変の方が多い気がします~
特徴③ 局所浸潤力と転移力が厄介な腫瘍
犬の口腔内メラノーマは(挙動が)とても悪い腫瘍です。
その腫瘤(局所)は自壊したり感染したり出血したりしながら周囲の組織まで巻き込んで大きくなっていきます。
→局所浸潤力が強い
それだけでなく、
その腫瘍細胞は周辺リンパ節や肺、時には腹腔内のリンパ節・臓器にまで高い確率で遅かれ早かれ転移します。
→転移力が高い
局所浸潤力と転移力というパワフルなダブルパワーで襲ってくることこそがこの腫瘍が厄介たる所以です。
そして、
治療の難しさを生む所以にもなります。
では、
犬の口腔内メラノーマがどんな腫瘍なのか?はここまでにして、治療の難しさの話に戻ります。
難点① 積極的な外科治療をしても根治が困難
局所浸潤力が強くても転移力が弱めな腫瘍
たとえば、
犬の口腔内扁平上皮癌であれば積極的な外科治療によって根治(≒完治)を狙うこともできます。
なので、
(診断時にリンパ節転移・遠隔転移がなければ)
治療選択肢として外科治療を提示しやすいし、その治療メリットをオーナー様が理解しやすいと思います。
口腔内腫瘍を拡大切除することで顔貌が変化するかもというデメリットがあったとしても、根治を狙えるというメリットがそれを上回ることもあります。
しかし、
犬の口腔内メラノーマのような局所浸潤力が強く、しかも転移力も強い腫瘍では…
腫瘍サイズや発生部位によっては積極的な外科治療で根治(≒完治)に近いものを狙えるかもしれないけれど、
大部分は積極的な外科治療をしたとしても、術後しばらくして肺転移などの遠隔転移により命の危険にさらされます。
「顎骨も含めた腫瘤切除をしても治ることはないのかぁ。手術するのがいいのかどうか悩む。」
「顔貌が変わるかもしれないのは嫌だなぁ。ご飯を普通に食べられなくなるかもしれない…外科手術どうしよう。いったいどうしたらいいですか?」
このような悩みの声を聞かされることは少なくありません。
いったいどうしたらいいのか?外科治療をすべきか否か?
に対して正解があるわけではありません。
~冷静に現在の状況を見極めた上でのケースバイケースです~
このように、
どうしようか非常に悩むオーナー様が多い外科治療ですが、1つ確かなことがあります。
外科治療は局所制御の要ということです。
根治できないとしても口腔内腫瘤を切除することにより(たとえ不完全切除であっても)、犬の生活の質を改善することができます。
~その効果は一時的かもしれませんが、犬の生活の質の改善を目的(緩和目的)として切除することも1つの外科適応です~
~上顎or下顎も含めた腫瘤切除をした犬を見てきましたが、ハードな摂食障害は起こりにくいという印象です~
もし、口腔内メラノーマを放置すると
腫瘤拡大→摂食が困難→衰弱してしまうだけでなく、悪臭の原因にもなります。
犬の生活の質(QOL)はかなり低下します。
転移云々を考えるより、まずは目の前の腫瘤(局所)をなんとか(制御)することが重要になってきます。
そのための最大の治療が外科治療になります。
繰り返しますが、
外科治療は局所制御の要
になります。
腫瘍の拡がり、局所の状態・位置、一般状態を評価した上で、治療の目的をしっかりご理解いただくように外科治療についての説明をしていきたいと私は思っています。
難点② 臨床ステージ1で見つけたいところだが…
犬の口腔内メラノーマの臨床ステージ1とは、
・原発腫瘤の大きさが2㎝より小さい
・リンパ節転移、遠隔転移が認められない
という状態です。
ステージ1で集学的治療を実施すると2年近い生存期間を期待できるので、なるべくステージ1の状態で口腔内メラノーマを発見したいところです。
いわゆる早期発見です。
外科治療をするにしても早期発見できれば治療を優位にすすめることができます。
とにかく、
早期発見の重要性は言うまでもないところですが、
この腫瘍は口腔内にできるためにどちらかというと早期発見が難しいという難点があります。
(腫瘤が)舌の裏に隠れていたり、奥に隠れていたりすることもあるために、早期発見したくてもオーナー様が早期に気付きにくいのではないかと感じています。
~口の中全体を舌の裏なども含めてゆっくりオーナー様に見せてくれる犬であればよいのですが、なかなかそうもいかないことが大半だと思います~
なぜならば、
口の中を見たらすぐにわかるほど大きな腫瘤になってから来院する犬が多いからです。
では、早期発見のためにどうしたらいいのか…
その答えの1つとして、
小さい頃から犬のデンタルケアをできる範囲で定期的に実行して、口腔内の小さな変化に気づける体制を整えていくこと
を私は考えています。
難点③ 放射線治療はかんたんなものではない
口腔内メラノーマは放射線感受性が比較的高い腫瘍です。
要するに、
(根治を狙いにくいとはいえ)放射線治療は効果あり!ということです。
外科治療ほどではないとしても局所制御のための治療選択肢に入るのが放射線治療です。
外科治療と違って、顔貌(形態)を維持した治療ができることは放射線治療のメリットです。
外科治療に抵抗感のあるオーナー様であれば緩和目的の放射線治療単独を考えてみてもよいかもしれません。
そして、
局所制御だけでなく口腔内メラノーマが不完全切除だった(or疑われる)場合、術後に残った腫瘍細胞をやっつけるためにも放射線治療は威力を発揮します。
こんな感じの放射線治療ですが、もちろんデメリットもいくつか存在します。
たとえば、
・一度で終わる治療ではないので放射線照射のために複数回の麻酔が必要
・放射線照射に伴う急性障害や晩発障害が起こりうる
・治療施設が限られる
パッと思いつくのはこの3つです。
この中でも「治療施設が限られる」というのはけっこう大きなデメリットだと私は思っています。
そもそも、
犬の放射線治療を実施できる動物病院が(私の知る限り)高知県にはありません。
高知県では治療施設が「限られる」というより「ない」
ということです。
放射線治療を受けようと思うと県外に行く以外ありません。
~オルソ・メガボルテージあわせて放射線治療をできる病院は(私の知る限り)四国内で3病院しかありません~
照射分割回数を減らしたとしても週1で4~5回は放射線治療のために県外に通院する必要があります。
そのための様々な負担を考えて放射線治療を断念するオーナー様も多く経験してきました。
口腔内メラノーマの外科切除後の再発において、局所制御の為に放射線治療も治療選択肢の1つとして提案したいところですが、
~再手術に抵抗感を示すオーナー様をよく経験します~
オーナー様の通院負担を考えてその提案を躊躇してしまう自分がいるのも確かです。
~オーナー様の治療への積極性をみながらの提案になります~
放射線治療は有効な治療なのですが、通院の点でやはり難点があると思います。
難点④ 化学療法はあまり期待できず
外科には抵抗感あって、放射線は通院が困難
「それなら、抗がん剤治療(≒化学療法)はどうですか?」
とオーナー様に聞かれることがよくあります。
抗がん剤治療に期待を寄せるオーナー様の気持ちはわかります。
しかし、
口腔内メラノーマの明らかに眼に見える腫瘤に対して抗がん剤治療(≒化学療法)は効果がないことはないとは思うけどほとんどそれは期待できません。
そもそも、
肉眼で明らかに眼に見えるくらい大きくなった悪性腫瘍に対して殺細胞性抗がん剤はたいして効果ありません。
~例外としてリンパ腫などの造血器系腫瘍は肉眼病変にも効果あります~
なので、
口腔内メラノーマに対して抗がん剤単独で治療することを私は提案したことがありません。
~メリットよりデメリットが上回ると考えるからです~
もし、抗がん剤を使うとしたら
・手術後や放射線治療後の顕微鏡レベルの残存病変をやっつけたい時
・再発や転移を少しでも抑制したい時
です。
ただし、
そういう時でも、どの抗がん剤をどのように使えば再発・転移抑制にはっきりと効果があるのかはいまだ不明です。
カルボプラチンやCOX2阻害薬が術後治療に比較的よく使われていますが、(何を使おうと)現状としてエビデンスレベルが高くはない治療になります。
~再発・転移抑制にはどの抗がん剤がバッチリ効果的なのかはまだ議論の途中だと思います~
口腔内メラノーマにおいて、
手術後や放射線治療後の再発・転移を抑制することは生存期間延長のためにめっちゃ重要
ですが、
そのためのエビデンスレベルの高い治療が未だにないこと
は治療の難点だと思います。
癌ワクチンや免疫チェックポイント阻害薬など新しい治療薬も登場してきているので、この難点がクリアされる日が一刻も早く訪れることを期待しています。
以上、思いつく範囲で犬の口腔内メラノーマ治療の難点を考えてみました。
犬の口腔内メラノーマはどんな治療をしたとしても根治を狙うことが難しく、予後も大変厳しい腫瘍です。
この凶悪な腫瘍と戦うにあたって緩和目的で外科治療や放射線治療が必要となるとはいえ、様々な事情で外科治療、放射線治療を選択できないオーナー様もいらっしゃいます。
そもそも、
外科治療、放射線治療、そこまでは望んでいないオーナー様も当院では多くいらっしゃいます。
どの治療方法を選択して、どこまで(腫瘍と)戦えばいいのか?ということに正解はありません。
オーナー様の死生観を元にして可能な範囲内で治療することが最良の治療だと思います。
外科治療、放射線治療に届かずとも痛み止めなどの対症療法、口腔内ケア、水分や栄養補助だけでも立派な治療になります。
どんな治療法にせよ、
オーナー様がワンちゃんと共に腫瘍と戦い寄り添うことが重要だと思うし、それをサポートできるようにすることが私の使命だと思います。
私が一人でできることなんて何もありません。
しかし、
オーナー様とワンちゃんそして信頼できる当院スタッフと共に力を合わせて治療できるならば、(口腔内メラノーマのような)凶悪な悪性腫瘍にちょっと勝てないかもしれないけれど、せめて引き分けに持ち込めます!
よければ一緒に戦いましょう!