イヌの皮膚リンパ腫

 犬において発生が稀な腫瘍の中の一つに皮膚リンパ腫があります。

 まだまだ分からないことも多いこの腫瘍がどんな腫瘍なのか?

そして、

 (少ない経験を通じてではありますが…)この腫瘍の診断や治療について今私が考えていることを今回は書いていきます。

なお、

 なるべく一般的な話を書こうとしましたが、ところどころ私の個人的見解も含んでいます。
 ※日々、少しずつ書くこと2ヵ月。気付けばめちゃくちゃ長文になっていました。おたより(ブログ)の更新が滞ってしまい申し訳ありません。

 内容に興味があって、根気のある方はぜひ最後まで読んでみてください。

①皮膚リンパ腫ってなに?

 かんたんに言うと、

 腫瘍化したリンパ球が皮膚にどんどん襲いかかっていく(=浸潤していく)悪性腫瘍になります。

 皮膚のどの辺の深さまで悪いリンパ球が襲いかかるのか?によって

 上皮向性皮膚リンパ腫と非上皮向性皮膚リンパ腫

 という(獣医療では)大きく2つのタイプにわけられています。

少し補足すると…

 上皮向性皮膚リンパ腫は表皮、真皮といった皮膚表面に腫瘍細胞が侵入

 非上皮向性皮膚リンパ腫は皮下のように皮膚のすこし奥の方だけに腫瘍細胞が侵入

 という感じです。

ちなみに、

 皮膚表面にまで侵入しているのか?奥の方だけなのか?の判断には病理組織診断が必須になります。

②その分類はシンプル

 分類については難しい話なので適当に読み流してください。

 上皮向性皮膚リンパ腫はさらにパジェット様細網症と菌状息肉腫という2つに分類されます。
 ~病理組織学的な分類です~

 パジェットなんちゃらと菌状なんちゃらの違いは?というと…

・表皮だけに腫瘍病変が形成されているそれのことをパジェット様細網症
 ~難しく言うと腫瘍化したリンパ球が基底膜をはみでていないタイプ~

・表皮から真皮まで広く腫瘍病変が形成されているそれのことを菌状息肉腫
 ~ちなみに菌状息肉腫において腫瘍化したリンパ球が末梢血にまででてくるとセザリー症候群と呼ばれます~
 ~セザリー症候群はリンパ節や他の臓器にまでリンパ腫が浸潤していることを強く示唆します~

 ざっとこんな感じです。

 難しい話をかんたんにまとめると、

 犬の皮膚リンパ腫は現状、
 ~私の知る限りでの話にはなりますが~

 菌状息肉腫とパジェット様細網症と非上皮向性皮膚リンパ腫

 という3つの大きな分類で診断・治療を(一般的に)しています。
 ~セザリー症候群までいれるとするならば4つの分類になります~

 よく言えばシンプルでわかりやすい分類です。

 わるく言えばこれだけで(分類は)こと足りるのかなぁと不安になるシンプルさです。

 では、なぜ不安になるのかというと…

 同じ菌状息肉腫でも「別物じゃないか!」と思えるくらいバリエーション豊富な挙動、治療反応をすることもあるからです。
 ~もうすこし細かく分類できるとそれにあった治療、予後予測ができると思います~

③犬の皮膚リンパ腫といえば…

 犬の皮膚リンパ腫で一般的なタイプは菌状息肉腫になります。

言い換えると、

 表皮から真皮にかけて広く浸潤している皮膚上皮向性(T細胞型)リンパ腫

 になります。

 犬の皮膚リンパ腫≒皮膚上皮向性(T細胞型)リンパ腫

 と言うこともできなくはないかなぁ(発生割合を考えると)と思います。

 このタイプは皮膚表面を広く浸潤しているだけあって、派手な皮膚病変を形成します。

④皮膚病vs腫瘍

 皮膚上皮向性(T細胞型)リンパ腫の場合、腫瘍化したリンパ球によって皮膚がダメージを受けます。

 そのために、肉眼で容易にわかる皮膚病変が出現します。

 その病変の特徴はいくつかあるのですが、ほとんどが皮膚リンパ腫に限った特徴ではありません。

例えば、

 皮膚に鱗屑を伴う紅斑がある

 もっとわかりやすく言い換えると、

・脱毛して皮膚が境界明瞭に赤くなっている
・赤くなった周りには白or茶色っぽいフケみたいなのがいっぱいついている

 こんな病変は皮膚リンパ腫でよくみられます。

とはいえ

 皮膚リンパ腫だけでよくみられるわけではありません。

 表在性膿皮症(皮膚がバイキンにやられる)や皮膚糸状菌症(皮膚がカビにやられる)といった皮膚病の時も似たような病変になることがあります。

 皮膚病と病変が似ている!

 というところが皮膚リンパ腫の初期対応の難しさだと思います。

 病変が似ているからこそ、

 鱗屑を伴う紅斑が皮膚病なのか?腫瘍(≒リンパ腫)なのか?

 迷うこともあります。
 ~初期病変であればなおさらです~

犬 皮膚病変 皮膚リンパ腫 鱗屑を伴う紅斑

↑この皮膚病変が腫瘍なのか皮膚病なのか?治療経過をみながら必要な検査をしないとわかりません。

犬 皮膚病変 皮膚リンパ腫 鱗屑を伴う紅斑

↑このような皮膚病変もよく見るのですが、腫瘍なのか皮膚病なのか?ちなみに上と下の写真のどちらかが皮膚リンパ腫です。その答えは書きませんが。

 一次診療の立場もあって、

 (初期病変を見て)かなり稀なケースとはいえ皮膚リンパ腫も疑われるので、即行パンチ生検からの組織診断しましょう!

 と私は(オーナー様に)すぐに伝えていません。
 ~皮膚スタンプ標本による細胞診で腫瘍を疑うリンパ球が多数でていたなら話は別ですが~

 少々の疑いレベルならば、私は皮膚病前提に検査や治療をしてしまうことが圧倒的多数です。

 「あの時、すぐに組織検査してくれていればよかったのに…」
 「皮膚リンパ腫をすぐ発見できたのに…」

 と思われるオーナー様も存在するとは思いますが…

 一次診療の現場ではレアな疾患を疑って最初から全力全開で検査しにくい
 ~ポジショントークになるかもしれませんが…~
 ~体表にわかりやすい形でしこりがあれば話を進めやすいのですが…~

 というのが現状です。

⑤こんな時は積極的に検査!

 皮膚リンパ腫を確定診断するには皮膚(慢性病変部の)病理組織検査が必要になります。

ただ、(特に初期病変においては)

 少々の疑いレベルでは病理組織検査を最初からしないこと

そして、

 その言い訳

 は上記の通りです。

では、

・少々ではない疑いレベルとはどんな感じ?
・どんな時に病理組織検査を積極的に提案する?

 というと…

(1)一般的な皮膚病治療で治らない

 膿皮症などの皮膚病の一般的な治療を3週間前後しても一向によくならないor変わらない。

 むしろ、悪くなっている。

 こういう時は(病変の出方にもよりますが)皮膚リンパ腫も疑って病理組織検査を提案することがあります。

(2)色素脱がある

 色素脱って??

 普通は黒いところの色が抜けて白くなっているor色がおかしい

 こういう状態を色素脱と呼びます。

例えば、

 犬の鼻(鼻鏡)や足の肉球(パッド)は黒いのが普通ですが、その色が白く抜けている。

 眼の周りや口の周りの皮膚(正しくは皮膚粘膜移行部)の色が白く抜けている。

 色素脱とはこんな感じです。

 鱗屑を伴う紅斑だけでなく、色素脱までみられるとよくある皮膚病ではないかも!となります。

(3)細胞診所見

 皮膚病の検査として皮膚スタンプ検査をすることがあります。

 皮膚の病変部にスライドガラスなどをぺッタンしてそれを染色して顕微鏡で観察する検査です。

 細胞診の側面もある検査です。

 皮膚スタンプ検査でリンパ球が多量に出現している場合、皮膚リンパ腫を強く疑って次の病理組織検査のステップを推奨します。

(4)直感!

 言葉で説明するの難しいですが、「なんか通常と違っておかしいな」という直感から皮膚リンパ腫を疑うこともあります。

 ただのカンです。

⑥全身の評価も必要

 皮膚リンパ腫は皮膚を主体として病変を形成しますが、リンパ腫である以上は全身性疾患です。

なので、

 皮膚の病理組織検査で皮膚リンパ腫と診断されたら診断は終わり!というわけではなく…

・他臓器やリンパ節に腫瘍が拡がってないか?
・末梢血にも悪いリンパ球が出てきてないか?

 ということも確認する必要があります。

もちろん、

・腎臓は悪くないかな?肝臓は悪くないかな?
・基礎疾患はないかな?

要するに、

 一般状態はどうなのかな?

 ということも把握しておく必要があります。

 これらのことを最初に精査することは、今後の治療や予後を考える上でもめっちゃ重要なことです。

⑥治療と予後

 皮膚リンパ腫は一昔前に比べると治療法や予後についていろいろわかってきています。

しかし、

 いまだよく分からないこともたくさん存在します。

 論文や教科書には、

・様々な治療法ごとの平均生存期間
・各種抗がん剤ごとの奏効率、生存期間中央値
・皮膚型リンパ腫の予後因子

 などなど…

 が報告されているものの、私個人的には「ほんとにそうなのかなぁ?」と思う部分もあります。
 ~もちろん、それらの報告は重要なものとしてしっかり受け止めています~
 ~そして、それらの報告をベースとして治療計画を立てています~

とにかく、

・皮膚リンパ腫の細分類や分類別の治療法・予後が確立していない!
 ~皮膚上皮向性(T細胞型)リンパ腫の中でもほんとはきっともっといろんなタイプがあってそれぞれに予後や治療法があるはずです~

・奏効率、生存期間中央値の論文報告はあるものの、元になる症例数が他の腫瘍に比べて少ない!

 という現状で、

「皮膚リンパ腫という診断をされたけど、あとどれくらい生きられそうですか?半年も厳しそうですか?」
「この治療をしたらどのくらい大丈夫ですか?皮膚はどのくらいでよくなりますか?」
「ネットにはおそろしいことが書いてあるけど本当ですか?」

 という質問。

つまり、

 皮膚リンパ腫の治療や予後についてのオーナー様からの質問に対して、どう伝えるべきか悩みます。

 私としてはあくまで目安の数字or予後を伝えるにとどまります。
 ~オーナー様には目安の数字or予後に対して過度な楽観も悲観もしてほしくないと私は思っています~

 治療や予後についてわからないことも多くある中で、私の少ない経験を通して一つ確実に言えることは…

 何もしない(無治療)よりは何かしらの治療をした方が少しでも長生きできる可能性が高い!

そして、

 その方が犬のQOL(生活の質)を維持向上できる可能性が高い!

 ことです。

⑦できることを考える

 皮膚リンパ腫を治療時の私のスタンスは、

・完治(治癒)の可能性は極めて低いけども何かできることはある。
・腫瘍の拡がりや一般状態を逐次しっかりと把握した上で、今この瞬間にできることをオーナー様とともに考えましょう。

 です。

 予後や治療法についてわからないことがいっぱいある以上、オーナー様とよく話し合って治療の方向性を決めていくしかないなぁと私は思います。

 腫瘍にたとえ勝てなくても、せめて引き分けにもっていくことを治療の目的と考えます。

⑧治療をどうする?

 犬の皮膚リンパ腫(≒皮膚上皮向性(T細胞型)リンパ腫)の治療選択肢は(適応できるかは別として)複数あります。

その中で、

 これが一番いい!という治療はありません。

 腫瘍の拡がりや一般状態、臨床ステージをよく考えたとしても「これが絶対正解!」という治療もありません。

それだけに、

 治療選択肢とそのメリットデメリットをただ説明するだけではオーナー様はどうしていいのかきっとわからなくなるはずです。

だからこそ、

・どこまで積極的にガンをたたきたいのか?
 ~生存期間を伸ばしたいのか?それとも皮膚の状態をよくしたいのか?ということも含みます~

・どこまで治療に伴うリスクを背負えるのか?

 をオーナー様とまずはよく話し合った上で、

 では、このような治療法はどうでしょうか?

 という風に私は治療の説明を進めるようにしています。

・治療の目的

そして、

・腫瘍とどこまで戦いたいのか?腫瘍と共存でもよいのか?

 ということを最初にオーナー様との話し合いではっきりさせることは完治(治癒)の難しい腫瘍と対峙するにあたって重要だと思います。
 ~メリットデメリットの話はその後でよいと私は思います~

(1)化学療法は?

 化学療法=抗がん剤治療にはマイルドなものからアグレッシブなものまであります。

 皮膚病変が皮膚全体に拡がっている状態で骨髄抑制が強い抗がん剤を使用してしまうと…

 抗がん剤による骨髄抑制→白血球減少+皮膚から感染→発熱性好中球減少症or敗血症

 という悪い結果になることも考えられます。

 犬の皮膚上皮向性(T細胞型)リンパ腫で使われるロムスチンは骨髄抑制が強い抗がん剤なのでそれを使うことは(場合によっては)相応のリスクを許容していただく必要があります。

ちなみに、

 当院では、ロムスチンではなくもう少しマイルドな薬剤を使った治療を選択されるオーナー様がほとんどです。

例えば、

 L-アスパラギナーゼとプレドニゾロンを使った治療です。

 その理由としては、

 ロムスチンがリスクの割に劇的に奏効率がよかったり、生存期間が延びるわけではないということも1つあります。
 ~ロムスチンが国内でかんたんに入手できないという理由もあります~

(2)その他の治療

 ビタミンAの仲間であるレチノイドを投与する治療やインターフェロンを投与する治療もあります。

しかしながら、

 様々な報告を見るとそこまで治療成績がよい感じはしないので積極的に使うことを私はしていません。

⑨アポキルと皮膚リンパ腫

 その他の治療として最近脚光を浴びてるなぁと感じるものにオクラシチニブ(商品名:アポキル)を使用した治療があります。

↑最近チュアブルタイプも登場したアポキルさん。オーナー様が投薬をなるべくかんたんにできるように各社いろいろ工夫をしています。皮膚リンパ腫とアポキルについてはこれからいろいろとわかってくるんじゃないかなと思います。

 2024年7月の第30回日本獣医がん学会でも皮膚リンパ腫とアポキルについての講演や発表、議論がありました。

そもそも、

 アポキルはアトピー性皮膚炎に伴う症状及びアレルギー性皮膚炎に伴う掻痒の緩和を目的とした薬剤です。
 ~皮膚リンパ腫に対する使用は適応外使用になります~

なのに、

・なんでアポキルを皮膚リンパ腫に?
・アポキルは腫瘍に効果があるの?

 とオーナー様が思うのは自然なことです。

 その答えを私が理解している範囲で書くと

 アポキルがなんで皮膚リンパ腫に効果があるのか?正確なメカニズムは現在分からない。

けれども、

 (ある一定以上の薬用量で)皮膚リンパ腫に効果があったという報告が複数されている。

要するに、

 皮膚リンパ腫に効くことがある!どういう機序で効くのかは正確にわからないけど…

 ということが現状の答えだと私は考えます。

たしかに、

 治療に苦慮した症例で皮膚リンパ腫がアポキルで部分寛解した経験が私にもあります。

 今後、様々な報告や研究でアポキルがどうなのか?はわかっていくと思います。

 現状でアポキルは適応外の特殊な治療で、使ったとして必ず効果があるのかはわからない段階です。
 ~当たり前ですが、長期使用に対する副作用も警戒しなければいけません~

 (そこの所をよく考えた上で)抗腫瘍効果を期待してのアポキルの使用はオーナー様とよく話し合うことが必要だと思います。

なお、

 皮膚リンパ腫はかゆみを伴うことが多いので、かゆみ止めとしてのアポキルの使用はひとつの手かなとは感じます。


 皮膚リンパ腫の診療を当院で希望される場合は必ず副院長を指名しての来院をお願いいたします。

2024年09月20日