ネコとエルーラとミラタズと…

 ミルタザピン製剤であるミラタズとカプロモレリン製剤であるエルーラ
 ~上記ミラタズ、エルーラのクリックで当院の過去記事にアクセスできます~

 猫の食欲刺激剤の2本柱と言ってもよさそうなこの2剤については、これまでに複数の記事を書きました。

 随時、こっそりと記事更新もしてきました。

なので、

「もうこれ以上書くことなんてないんじゃない?」
「また、ミラタズとエルーラのこと書くの?」

 と読者の方に思われても仕方ないとは思います。

とはいえ、

 それでもなお書きたいことがあるのでまた書きます。

で、

 その書きたいことは何かというと…

・ミラタズとエルーラどっちがいいの?
 ~この質問をオーナー様からよく頂くということもあって書きたくなりました~

・エルーラは食欲刺激だけの薬じゃないんだよ

 という2点です。

 私なりにこの2剤について昔よりわかってきたこともあるので、そういうこともあわせて書いていきたいと思います。

①ミラタズとエルーラどっちがいいの?

 どっちもよしあしあるし、甲乙比べられるものではない

そもそも、

 作用機序も全然違うし、作用も違うので一概にどっちとは言えない。

 これが私の答えです。

 慢性腎臓病の猫で血液検査は〇〇で臨床症状は〇〇で体重減少は〇〇な感じで…

 というように今の猫の状態を具体的によく考えた上で

 こっちがいいですよ

 はあると思うのですが

 ただ漠然と…猫の食欲落ちてるけどどっちの薬がいいんですか?

 って感じだと

 なんとも比べられない

 としか言えません。

②比べること自体どうなのか…

 ミラタズとエルーラは(似てるようで)全然違うものであると私は考えています。

いってみれば、

 PlayStation 5 ProとSwitch 2みたいなものです。

 ゲームをめっちゃ楽しめるという点では両者同じですが、設計思想やターゲット層などなど全く違うゲーム機です。

 ただ漠然と…ゲームやりたいんだけどどっちがいいかな?

 と聞かれても

 どっちもいいし、比べられない
 ~どういう方向性のゲームをしたいのか?外でもやりたいのか?家だけでいいのか?4K120fpsまで求めるのか?などがわからないとどっちがいいかなんてわかりません~

 としか言えません。

このように、

 漠然とミラタズとエルーラを比べてどっちがいいか?

 を考えることはたいして意味ないことです。

そんなことより、

 両者のいいとこ、足りないとこをよく理解した上で

 適材適所で使用していくことが大切だと私は思います。

③食欲刺激剤の前に

 食欲刺激剤という薬を使う前に、やっぱやっといた方がいいなぁということがあります。

 (疾患に対する何らかの治療は当たり前として)
 それは、食べる環境を整えたり食事の嗜好性をあげてみたりってことです。

例えば、

・食事のお皿を置く場所を考えてみたり
 ~トイレの横に食事がおかれていたら誰だって嫌だし、食欲でません~

・食事のお皿を清潔にしてみたり
 ~前の食事がこびりついたようなお皿に新しい食事をいれて出されたら誰だって食欲でません~

・食事を少しあっためて匂いをだしてみたり

・かつお節やマグロ節パックで食欲がでそうな匂いをつけてみたり

・オーナー様が手で食べさせてあげたり

 こんな感じの一工夫をしてみることも少し考えて頂くとよいかなと思います。

④体重減少は予後因子の1つ

 猫の慢性腎臓病の数ある予後因子の1つに体重減少があります。

 予後因子ってなに?

 という方もいらっしゃると思うので、

 もっとかんたんに書くと…

 慢性腎臓病が今後もっと悪くなりそうなのか?そうじゃないのか?

 ってことを客観的に判断する材料の1つに体重減少があります。

要するに、

 慢性腎臓病の猫の体重が(徐々にでも)減少していくことはいいことじゃない!

 ということです。

 猫の慢性腎臓病は、高齢で罹患するケースが多いので

 ただでさえ、筋肉は減少(≒体重の減少)しがちです。
 ~人で考えた時、年を取ってきたら筋肉が落ちてしまうことは容易に想像できると思います~

 その加齢の影響だけではなく、

 猫の慢性腎臓病に伴う代謝の変化から起きる悪液質や食欲低下によっても筋肉が減少しがちになります。

 筋肉が減少すると…

 筋肉減少→体重減少→慢性腎臓病が悪化

 悪化したらさらに筋肉減少→体重減少…

 というような悪循環になってしまいます。

⑤食べりゃいいってもんじゃない

 筋肉減少→体重減少を防ぐためには食欲をupさせて食べるようにしたらいいのでは?

 と思われる方がほとんどかと思いますが、必ずしもそうとは限りません。

 口から食べることはたしかに大切です。
 ~食欲低下からの食事量減少は悪液質の原因の一つです~

でも、

 食べることと同じくらい筋肉アップのために必要なものがあります。

 それがタンパク合成刺激です。

 タンパク合成≒筋肉を作るようにうながすスイッチを押すことも必要になります。
 ~正確にはもう一つタンパク異化≒筋肉を分解するのをうながすスイッチを切ることも必要になります~

ということで、

 筋肉up、ひいては体重upのためには、

・食事を食べる
・タンパク合成刺激

 という2点を意識していかなければなりません。

そして、

 この2点を意識することでミラタズとエルーラの活用法を考えやすくなります。

⑥ミラタズは食欲刺激に特化!

 ミラタズという薬の主な作用は、

(1)5HT2c受容体の拮抗作用
(2)5-HT3受容体の拮抗作用

 の2点です。

 こんな難しいことを書いても全くオーナー様に伝わらないと思うので

 もっとかんたんに書くと…

(1)食欲にブレーキをかけるスイッチが押されないように邪魔すること
(2)嘔吐を起こさせるスイッチが押されないように邪魔すること

 です。

 こうすることで、優れた食欲増進作用を発揮しています。

ただ、

 ミラタズの作用は良くも悪くもこれだけです。

 タンパク合成≒筋肉を作るようにうながすスイッチを押す作用はありません。

ということは、

 食べようとする気持ちをアップさせたり、なんか気持ち悪いのを治したりすることはできても

 それが必ずしも筋肉量アップに伴う体重増加につながるとは限らない

 ということです。
 ~体重がアップしたと言っても増えたのは脂肪だけで筋肉は増えていないということも考えられます~

 悪液質という状態を改善させて筋肉量アップによる体重増加を目指す!

 という目的を達成することを考えた時

 ミラタズはそこが足りないかな?弱点かな?

 というのが私の感想です。

⑦エルーラにはタンパク合成刺激作用も!

 エルーラはグレリン受容体作動薬です。
 ~脳にあるグレリン受容体というスイッチを押す薬です~

またまた、

 こんな難しいことを書いてもオーナー様に全く伝わらないと思うので

 もっとかんたんにエルーラの作用を書くと…

(1)脳の視床下部にある食欲スイッチをポチッとして食欲を増進させること
(2)さらに成長ホルモン分泌スイッチまでもポチッとすること

 の2点です。

 成長ホルモン分泌スイッチをポチッとできることはけっこうすごいことで…

 この成長ホルモンが肝臓に働きかけてインスリン様成長因子(IGF-1)の産生を促します。

 ここで登場する成長ホルモンやインスリン様成長因子(IGF-1)はタンパク合成刺激の大切な要素です。

 食欲増進作用+タンパク合成刺激の両方を期待できる!

 この点がミラタズと決定的に違う点であり、エルーラの利点です。

⑧じゃあ、エルーラでいいじゃん!

・ミラタズは食欲増進作用だけ
・エルーラは食欲増進作用+タンパク合成刺激

じゃあ、

「ミラタズとエルーラどっちがいいの?」

 の答えはエルーラでしょ!

 って思うかもしれませんが事はそんなに単純ではありません。

⑨ここからは私の個人的見解多めです

「それってあなたの感想ですよね?」

 と言われれば

「はい、そうです」

 としか言えないことをここからはけっこう書いていきます。
 ~臨床経験に基づく感想や見解です~

➉エルーラは食欲刺激剤というよりも…

 エルーラが食欲刺激剤の1つであることはたしかですが

 私はエルーラ=食欲刺激剤とはあんまり思っていません。

なぜならば、

 エルーラを投薬したからといって切れ味鋭く食欲がアップしない例を今までに診てきたからです。

 2~3日投与してみて食欲でてきたかなぁ?戻ったかなぁ?

 って感じです。

 食欲増進と言う意味では

 ミラタズの方がよっぽと目に見えた効果をすぐに発揮します。
 ~効く時は目に見えて効くし効かないときはほとんど効きません~

正直、

 食欲増進に対する鮮やかな効果をエルーラに期待していません。
 ~食欲増進効果がないと言っているのではありません~

⑪筋肉量upを期待する

 エルーラに食欲増進効果を期待していない

じゃあ、

 エルーラに私が何を期待しているのか?

というと、

 タンパク合成刺激効果

 になります。

 エルーラ=タンパク合成を刺激する薬

 として私は捉えています。

なので、

・食欲がげっそり落ちて痩せてしまった猫
・全然食べず元気ない猫

 に投薬するよりかは、

・(以前よりは落ちているが)ある程度、食欲あってもなんか体重が落ちてきたかな?
・筋肉が落ちたせいなのか寝てることが多くなったかな?

 という時に投薬する薬だし、

 エルーラの持つ力をマックス発揮できるのはそういう時だ

 と私は思っています。

⑫ミラタズの薬としての切れ味

 あ~だこ~だ書いてきたエルーラに比べて、

 ミラタズの食欲増進効果はわかりやすく現れます。

例えば、

 投薬後にオーナー様の感想を聞いてみると…

エルーラの場合は、

「なんか前より食欲でてきたかなぁ」
「(投薬後2~3日して)食欲がもどったかなぁ」

ですが、

ミラタズの場合は、

「(病院で投薬して)家に帰ったらもう食べ始めました」
「けっこう食欲でてます。塗るだけなのに不思議ですね」
「驚いた!」

 という感じです。

 この感想や使用経験から食欲刺激の観点で両者の特徴をまとめると、

「普段、こんくらいはごはん食べていた」

 というオーナー様が抱くなんとなくのイメージを評価基準ラインとするならば…

 エルーラは徐々にその基準ラインに戻していく食欲刺激剤

 ミラタズは速攻でその基準ラインより上に連れていく食欲刺激剤

 じゃないかなというのが私の考えです。

⑬投薬しやすさは圧倒的!

あと、

 ミラタズの圧倒的にいいところは投薬のしやすさです。

 耳に軟膏を塗るだけ!
 ~手袋を使うとか軟膏の保管管理という煩わしさはありますが…~

 投薬方法はとにかく簡単です。

 食欲が低下した猫への投薬方法としてはパーフェクトだと思います。
 ~繰り返し耳にミラタズを塗布していると耳介に独特な汚れができるという短所はありますが…~

 エルーラも別にそこまで投薬が難しいわけではないのですが、

 投与開始初期の「よだれがバァ~」や専用シリンジの使いにくさなどを考慮すると

 投薬のしやすさはやっぱり圧倒的にミラタズです。

エルーラ 専用シリンジ

↑エルーラに付属している専用シリンジは使い勝手が悪いし、耐久性に乏しいと私は思っています。同じようにベトメディン経口液の専用シリンジも使いづらいなと思います。なぜ専用シリンジをもっと使いやすく作ろうとしないのか、そこに力をいれないのか疑問です。いい薬だけにもったいない気がします。ちょっとしたシリンジの工夫で薬の印象はガラッと変わるはずです。

エルーラ 専用シリンジ

↑上の写真のように、専用シリンジじゃなくて汎用のシリンジを使用してみると、接続部分がほんの少しガバガバです。微妙に汎用品と口径を変えています。もう、いっそのこと点眼容器にでも詰め替えて、滴数で必要量をはかりとったほうがいいんじゃないかとさえ思います。個人的に応援しているラクオリアさんが導出したいい薬だけにほんとにもったいない。

⑭2人で力をあわそうよ♪

で、

 あんなことやこんなことを経験していくうちに

「ミラタズとエルーラ二人で力をあわそうよ」
「どっちがいいとかじゃなくて協力すればいいじゃないか」

 という結論に私は落ち着きました。

なぜならば、

 どっちも単独だとかゆいところに手が届かないからです。

例えば、

ミラタズだけ使用していると…

 ミラタズで切れ味よく食欲を維持向上させることにより体重増えました!

でも、

 増えたのは脂肪などで筋肉はたいして増えていません

言い換えると、

 ミラタズで食欲がでて、体重維持してるのに筋肉が増えていないので

・猫は寝てばかりいる
・活動的でははない

 となることがあります。

エルーラだけ使用していると…

 ほんとに食欲が落ちてしまった猫に対して効果がぼんやりとしか実感できないことがあります。

だからこそ、

 2人で力をあわす!

つまり、

 ミラタズで食欲を切れ味良くアップさせた後に筋肉アップや食欲低下防止を狙ってエルーラで維持していく

少し具体的に言うと、

 ミラタズを1日1回の投与から漸減しつつ、エルーラの投与をメインにしていく
 ~最終的に週1ミラタズ、毎日エルーラのような投薬方法~

 こんな方法がよいのかなぁと思いながら日々、試行錯誤して診療しています。

 体重を増加or維持するのではなく、筋肉量を増加or維持に伴う体重増加or維持すること

 がミラタズとエルーラを使う時の目標になります。

⑮やっぱ動くことは大事

 運動すること自体がタンパク合成刺激になるという点で

 ちょっとでも動く→筋肉up→動きがよくなる→筋肉up→…

 こんな好循環にもっていければなぁと思うし、

 この好循環にもっていく為にはミラタズだけでは力足らずなのでエルーラもうまく活用していきたいと私は考えています。
 ~実際はなかなか私の思い描く理想通りにはならないのですが…~

⑯オーナー様の心の満足度

 食欲が回復するだけでなく、筋肉upに伴って猫にほんのすこしでも行動がでてくるとオーナー様の心の満足度がよりupすると思います。

 ずっと寝てるよりはちょっとでも動いてほしい

 というのがオーナー様の本音だと思います。

 高度な治療を実施できない当院のような一次診療病院において

 オーナー様の心の満足度を確保することは大切な使命だと思っています。

⑰原因へのアプローチも必要

 もう何度も何度も何度も書いているのですが、

 食欲がなくなるのにはそれなりの原因

つまり、

 原因となる病気が存在します。

 その原因に対する治療なしに食欲刺激剤に頼ることは得策ではありません。

 併発or基礎疾患をきちんと見つめて治療しながら、

 食事環境、内容にも気を付けながら、

 ミラタズやエルーラをうまく活用していくこと

 がなにより大切です。

 ミラタズやエルーラは夢の薬ではありません。

 猫に食べてほしいという願いをかなえる魔法でもありません。

 治療選択肢の中の1つにすぎません。

 まったく効果がでないこともあります。

 いいことばかり書いてきてこんなことを言うのはよくないかもしれませんが、

 これらの薬にあまりに過度な期待をしてほしくないのが私の本音です。

⑱最後に

 エルーラ=食欲増進剤

 というイメージを持っているオーナー様がかなり存在していることを私がよく感じることもあってこの長い文章を書きました。

 エルーラにはタンパク合成刺激という大切な効果

 言い過ぎかもしれませんが、

 食欲増進よりも大切な効果があることを理解していただきたいなぁと思います。

それと、

 しつこいですが、どっちがいい?ではなく、2人で力を合わせよう♪

 というのがミラタズとエルーラに対する現状の私のスタンスです。

 (この記事を読んだ上で)
 エルーラやミラタズについての相談や診療を希望して受診いただく場合、必ず副院長を受付で指名していただきますようお願いいたします。


猫の情報
2025年12月29日