★この記事は2022年6月17日と7月5日に加筆しています
2021年6月2日に公開した記事への加筆です。加筆部分はきちんと提示しています。原文はそのままです。
★★猫の腎性貧血治療薬「エポベット(EPOVET)」の紹介記事はこちら←要クリック
2023年9月16日に加筆した記事です。
ネコちゃんが比較的飲みやすいのではないかと最近思った錠剤があります。
プロラクト鉄タブという動物用健康補助食品です。いわゆるサプリメントに分類される錠剤です。
↑赤血球を意識したのか、鉄を意識したのか、赤基調のデザイン。洗練されたデザインです。「鉄は熱きうちに打て!」土佐塾さんのCMが脳裏にかすむ…
ネコちゃんでは慢性腎臓病にともなって貧血になってしまう場合があります。これを腎性貧血と呼びます。
腎臓で分泌されるエリスロポエチンというホルモンが不足することにより赤血球の産生が低下してしまう。
というのが原因の一つになります。
~ここから2022年6月17日加筆~
腎性貧血の原因としてエリスロポエチン不足を挙げてはいますが、もちろんそれだけではありません。
たとえば
・慢性腎臓病から続発する消化管からの慢性出血が原因のこともあるし
・食欲低下による栄養不足やタンパク異化亢進による尿毒症の悪化が赤血球の産生に影響を与えることもある
・リンパ腫など腫瘍性疾患が隠れていてそのせいで貧血が進行している
原因はもっといろいろありますが、腎性貧血といっても原因は様々で、その様々な原因が入り乱れてその結果として貧血という現症状がでていると考えるといいと思います。
原因はいろいろあれど、
エリスロポエチン不足が主な原因の腎性貧血の場合、貧血の進行はゆっくりであると考えられています。
こういう場合、
猫ちゃんも徐々に貧血に慣れていくために臨床症状があまりないという状況になります。
ネスプをどの段階で使用するのかという判断
~ヘマトクリット値だけで投薬開始判断をしていいのか?~
はけっこう難しいなといつも思っています。
最後までネスプを使用しない猫ちゃんが当院では多数です。
ネスプは安全な薬で、使えば一般状態が劇的改善!という薬では決してありません。
ひとつの薬剤に過剰な期待をされるオーナー様がたまにいらっしゃいますが貧血の病態というのはそんな単純なものではありません。
ネスプを使用することで期待される貧血改善効果と抗体産生、高血圧、血栓症、骨髄の障害などの悪い副作用
そもそもネスプを使っても思うような効果なしもありうるという可能性
こんなことを考えながら
いわゆるメリットとデメリットを天秤にかけること
が重要になります。
~2022年6月17日加筆はここまで~
この貧血が重度に進行した場合、ヒト用エリスロポエチン製剤を獣医師の裁量により使用することがあります。
不足しているエリスロポエチンを注射で補うイメージです。
↑獣医師の裁量で使用するネスプさん。昔、駄菓子屋にあった昭和の玩具、ロケット弾を思い出しました。
昔はエスポーという製剤をよく使用していたのですが、近年はネスプというエリスロポエチン製剤を使用しています。
なぜならば、ネスプはエスポーに比べて有害事象がすくない印象があり、さらに持続型製剤のために週に一度の注射で効果を発揮できるからです。ネスプは非常に使い勝手がよいと思います。
~ここから2022年6月17日加筆~
ネスプはエスポーに比べて副作用が少ないとはいえ、ないわけではありません。
そもそも
ヒトと猫のエリスロポエチン構造が8~9割近く似ているということからヒトのエリスロポエチン製剤を猫に使っており(適応外使用)
構造がすごく似ているからこそ猫にも造血効果を発揮するし、
似ているけども全く同じではないので異種タンパクと認識されて抗体が産生される危険性もあります。
~私はネスプの使用で大きな副作用に出会ったことはありませんが~
産生された抗体により骨髄にまで大きな障害がでて逆に貧血が進行する可能性もなくはないので投与中はよく猫ちゃんの様子を観察してモニタリングする必要があります。
もしも、
ネスプを投与していても貧血が全然改善しないというのなら、抗体の産生もありうるし鉄不足も考えます。
さらに別に隠れている疾患もあるのではないかも、もう一度考える必要があると思っています。
「他院での治療にはなるんですが、ネスプを使用しても貧血が改善しない」というご相談を実際に私が受けたこともあります。
~2022年6月17日加筆はここまで~
で、
ネスプを投与して赤血球の産生が再びはじまると、当然赤血球の材料が必要になります。
かんたんに言いかえると、
工場が動きだしても、材料・部品がないと製品を順調に製造できない。
ということです。
赤血球の産生において、材料・部品にあたるのが、鉄でありビタミンB群であり、葉酸などになります。ネスプを投与した時は、同時に鉄やビタミンB群、葉酸などを同時に投与すると造血に効果的です。
当院では、腎性貧血、とくにネスプ投与時にプロラクト鉄タブを症例によっては併用しています。
理由は、あくまで私が診る範囲内での話ですが、よく飲んでくれるからです。投与の確実性です。
正直、プロラクト鉄タブの1粒あたりの組成をみると、「鉄やビタミンなど用量が少ないかな?」とも最初は思いました。まあ、サプリメントなのでこんなものなのかなと。
ネスプ投与時は1日1粒では足りないと思います。プロラクト鉄タブ1粒では鉄などの用量が不足します。
しかし、サプリではなく薬剤であるフェロミアなど「フェなんちゃら」といった鉄剤、フォリアミンなどの葉酸剤、その他ビタミン剤に比べてよく飲んでくれます。
とにかく、飲まなきゃはじまりません。
1粒の用量が不足するなら、複数粒飲めばすこしでも用量を補えます。
プロラクト鉄タブはカマボコ風味らしいので、それもこの嗜好性に影響していると思います。
↑プロラクト鉄タブは、ほどよい大きさの錠剤。魚味のフレーバーが嗜好性に効果を発揮します。
ただでさえ慢性腎臓病で食欲が低下している状態なので、嗜好性の高い錠剤がいいように思います。
そんなこんなで、他の原因のネコちゃんの貧血に対しても場合によってはプロラクト鉄タブを使うこともあります。多少の副作用がでることもありますが、使いやすいサプリメントです。
こんなサプリメントもあるよということで、以上あくまでも私の個人的な感想、考えの話でした。
~ここから2022年6月17日加筆~
プロラクト鉄タブで私がよいと思うのは、鉄だけでなくビタミンB群・葉酸がバランスよく入っていることです。
↑組成表。絶対量というよりビタミンと鉄がバランスよく配合されているのがよいと思います。
慢性腎臓病のネコちゃんはただでさえ食欲が低下しているのでビタミンは常に不足気味だと思います。
ビタミンB群補充が貧血にどれだけ効果あるの?という声もあるかと思いますが水溶性ビタミンに害はないと思うので補充して悪いことは全くないと思います。
プロラクト鉄タブ単体で造血に関わるビタミンと鉄をいっしょに補えることはすごいメリットだと思います。
「便が黒くなることがある」とは注意書きに書かれていますが、プロラクト鉄タブで便が黒くなった猫ちゃんの報告を私は受けたことはありません。
今現在も、プロラクト鉄タブの嗜好性の高さは実感しています。
↑鉄剤フェロミアとプロラクト鉄タブの比較。錠剤の大きさと嗜好性が違います。鉄の量は一錠あたり5倍違いますがとにかく飲まなきゃ意味ないので…。
~2022年6月17日加筆はここまで~
~ここから2022年7月5日加筆~
先週、当院に入荷したプロラクト鉄タブを見るとパッケージが変わってました。
↑上が旧来品。下が新型。初見で箱がスリムになった!と思いました。すぐに組成を確認したのですが変化なしでした。
下が新型(ニューパッケージ)と思われるプロラクト鉄タブです。
なんか細長く薄くなった感じです。特にお知らせもなかったので驚きました。
組成表に変化ないので単純にパッケージが変わっただけと思います。
肝心の中身を見ると、
↑フォルテコールプラス的な佇まいだと思いました。両面アルミPTP包装の薬は、見た目から大きな錠剤の気がします。でも中身は見た目ほど大きくありません。
以前は錠剤が見えたのですが、新型パッケージは完全にアルミで覆われて錠剤が見えません。
難しくいうと両面アルミPTPに薬の包装が変化しました。
けっこうすごい進化であり改善だと思います。
両面アルミPTPにより、遮光性と防湿性がアップするので錠剤の劣化を最大限防ぐことができます。ビタミンB群と鉄、葉酸の保存性が格段にアップするような気がします。
裏面は、
↑犬と猫が手を取り合ってるようなイラスト。旧型の包装にイラストがなかったのでなんか華やかになりました。
裏面にイラストが入りました。イラスト好きの私としてはうれしい限りです。
地味に改良していくプロラクト鉄タブはすごいな!と思いました。
~2022年7月5日加筆はここまで~
~ここから2023年9月16日加筆~
腎性貧血が重度に進行した場合、ヒト用エリスロポエチン製剤を使用することがある。
ということは以前の記事に書きました。
そして、
ネスプというヒト用エリスロポエチン製剤を紹介しました。
ネスプはヒト用製剤であり(ヒトと猫のエリスロポエチン構造が似ているとはいえ)異種タンパクの為、抗体産生からの有害事象がおきる可能性がある薬剤ということも紹介しました。
そんなこんなのネスプですが、
腎性貧血の猫に対する有効性が報告されており、広く獣医療で用いられていることから、獣医師の裁量権により使用していました。
ただ、
もしネコ用のエリスロポエチン製剤があればそれを使うに越したことはないなぁと思っていました。
そんな中、今年(2023年)9月初旬に
ネコ用のエリスロポエチン製剤が動物用医薬品として上市されました。
エポベット(EPOVET)という商品名です。
効能・効果は猫の腎性貧血なので、慢性腎臓病の猫の腎性貧血に対して適応通り動物用医薬品を使える時代がやってきました。
要するに、
猫の腎性貧血に対して適応外使用ではなく適応内使用できる治療薬が登場しました。
↑エポベット(EPOVET)の資料から撮影した写真。猫の腎性貧血用の薬です。ふつうの体重の猫で1回1頭1バイアルです。可もなく不可もないシンプルなパッケージです。
では、
ネスプのようなヒト用製剤に比べてエポベットは具体的に何が違って、何が同じなのか?欠点は?ということを私なりに考えてみました。
~添付文書や技術資料をよく読んでみました~
①エポベットは遺伝子組換えネコエリスロポエチン!
エポベットのアミノ酸配列は猫の生体で分泌されるものと同じようになっています。
~完全に猫のために開発・作成された製剤です~
そして、
腎性貧血の猫を対象とした臨床試験でその効果もきちんと示されています。
~腎性貧血の猫における効果と安全性を客観的に検証されているのはデカいと思います~
②2週間に1度の投与で治療可能
ネスプは基本的には週に1度の投与から開始ですが、
~ネスプでも経過をみながら2週に1度のように漸減することもあります~
エポベットは、2週に1度の投与が用法になっています。
~なぜならば、製剤タンパク質を工夫することによって血中滞留性を向上させているからです~
獣医療においては投与頻度・通院頻度も治療を成功に導くための重要な因子なので、エポベットの2週に1度投与というのはネスプに比べてやや利点かな?と思います。
③製剤に対する抗体ができないわけではない!
エポベットはネコの生体内で産生・分泌されるエリスロポエチンとアミノ酸配列が同じようなものなので抗体なんかできっこないんじゃないか!?
と思うオーナー様もいるかもしれませんが、そんなことはありません。
臨床試験結果を見る限り、かなり少ない例ですが抗体産生されることもあるようです。
では、
④抗体産生からの有害事象は(ヒト用製剤と比べて)減るのかな?
これは私の予想ですが、
エポベットはネコ用製剤だけあって、ネスプよりは抗体産生が少ないと思います。
なぜならば、
ネコの生体内で(ヒト用よりは)異種タンパクとして認識されにくいだろうと思うからです。
ということは、
抗体産生からの有害事象(赤芽球癆)が今まで使用していたヒト用製剤よりかなり少なくなるだろうと思うので、このことは、エポベットの最大の利点だと私は今のところ思います。
~抗体産生や有害事象がネスプと比べてどうか?というのはなんのエビデンスもない私の予想です~
~ネスプなどのヒト用製剤とエポベットを比較した論文報告がこの先あるかもしれません~
ちょっとだけ難しく言い換えると、
エポベットと猫の内因性エリスロポエチンとの相同性の高さ
そして、
そのことから予想される抗エリスロポエチン抗体の(ヒト用製剤と比較した時の)産生率低下
このことこそがエポベットを使用する意義なんじゃないかと思います。
⑤有害事象→血圧上昇に要注意
エポベットはネコ用とはいえ、赤血球造血刺激因子に変わりはにないので投与中の血圧上昇には気を付ける必要があります。
~赤血球造血刺激因子の血管収縮作用やヘマトクリット値上昇による血液粘度上昇などが血圧上昇の原因です~
高血圧という有害事象が起こりうるという点ではネスプもエポベットも同じだと思います。
貧血は改善したけど、血圧が上がって腎機能が悪化したということにならないように、腎性貧血の赤血球造血刺激因子を用いた治療中は血圧に注意しています。
当院では猫の血圧測定を気軽にできるので、ネスプなどの赤血球造血刺激因子を投与している猫に対しては血圧モニタリングを定期的に実施しています。
~血圧うんぬんの前にヘマトクリット値(貧血を判断する値)の改善具合とも「にらめっこ」しています~
で、ここまで紹介したように
エポベットは猫の腎性貧血治療薬として承認をゲットした猫のためのいいお薬
~特に抗体産生という点において~
~治療中の高血圧に注意ということはネスプもエポベットも同じです~
な気がするし、実際よいお薬だろうと思うのですが、欠点?もあります。
⑥エポベットは比較的高価な薬
高価=欠点だとは決して思いませんが、
ネスプの薬価に比べてエポベットは割高になっています。
~新規開発の動物用医薬品なので薬価の高さについては仕方ない側面もあります~
なので、
エポベットをオーナー様に治療選択肢として提案する時は、治療効果・安全性はもちろんのこと、治療費用についてもオーナー様とよく話しあう必要がありそうです。
今回のまとめ
腎性貧血は、ヘマットクリット値(貧血を判断する値)の程度の差こそあれ当院でもよく診る貧血です。
~猫の慢性腎臓病ステージ3以降に問題になってくることが多いと思います~
そして、
慢性腎臓病の合併症として一番多いかなぁと思います。
では、
この腎性貧血を治療したほうがいいのかというと…
腎性貧血を放置したからと言って「すぐに命にかかわる!」わけではないのですが、それを治療して改善させることは猫の生活の質の維持向上や延命につながると経験上感じています。
従来のヒト用エリスロポエチン製剤に加えて、エポベットという動物用医薬品が上市されたことは猫の腎性貧血を治療するための新しい武器ができたという点で大きな進歩だと思います。
当院では、発売したばかりのエポベットを今現在使用したことがないので使用感というのはわからないですが、適応できる猫に対しては治療選択肢として提示していきます。
この記事を読んだ上で当院での治療を希望される場合は必ず副院長を指名して来院していただきますようお願いいたします。
今回はエポベットという新しい薬が登場したよ♪という紹介でした。
~2023年9月16日加筆はここまで~
猫の慢性腎臓病に伴う食欲低下に対する当院での対応についてはネコの食欲刺激剤~ミルタザピンの活用~の記事を下のボタンからご覧ください。