先日、右肘周辺の軟部組織肉腫を疑うワンちゃんが当院に来院されました。
他院での身体検査で軟部組織肉腫を疑うと診断を受け、組織生検をすすめられたようです。
その時に、軟部組織肉腫であるなら断脚も治療選択肢の一つに入る旨を伝えられ、オーナー様はひどく動揺、落胆されての来院でした。
断脚という言葉にかなりショックを受けられていたようなので
他院での診断や見立ては決して間違っていないことを私から伝えた上で
まずは、
1...2の...ポカン!
で
断脚のことはいったん忘れていただいて
当院で一から診察させていただきました。
右肘周辺の腫瘤には軟部組織肉腫だけでなく様々な疾患・腫瘍が考えられるので、断脚なんて必要ないかもしれません。
↑右肘あたりの腫瘤。こうしてみるとあまり目立ちません。歩行への支障もなにもありません。
↑FNA後のためすこし出血しています。もちろんレントゲン撮影で骨との関係も診ています。
基本に忠実に当院で、
まずは、腫瘍か腫瘍じゃないのかの評価
そして腫瘍であるなら
腫瘍局所の拡がり
遠隔転移の有無
全身状態
を評価させていただきました。
↑この腫瘤のFNAで得られた細胞。個人的印象ですが、軟部組織肉腫だと仮定してそのわりにけっこう有意な細胞が豊富に得られているなと思いました。この時点でピンとくるものがあります。ちなみにiphone直撮り写真であまりきれいに撮れていません。
必要な検査をした結果、
遠隔転移は認められない非上皮性腫瘍
という診断になり
さらに、
非上皮性腫瘍でも軟部組織肉腫
具体的には
発生部位や核の異型性も加味して低グレードの血管周皮腫疑い
ということになりました。
同時に基礎疾患もいくつか見つかりました。
ここまでくると、次にさらなる組織生検をするかどうか
もしくは、
低グレードの血管周皮腫疑いを考慮したうえでの外科的切除するかどうか
になります。
いずれにしても低グレードの血管周皮腫疑いであるし腫瘤の底部固着もないために最終的には断脚はまず必要ないだろうということを私から伝えました。
基礎疾患のことも考えてどこまで治療するのかはオーナー様との話し合いになります。
状況証拠を重ねた上での(基本に忠実な診断の上での)治療選択肢の提示でオーナー様は非常に安心されていました。
ということで、今回は私の考える犬の軟部組織肉腫について書きたいと思います。
私が思う犬の軟部組織肉腫の10のコト
①軟部組織肉腫とはあくまでもグループ名
軟部組織肉腫という名前の腫瘍があるわけではありません。
似ている特徴を持つ様々な腫瘍をひっくるめて軟部組織肉腫と呼んでいます。
②狭い意味での犬の軟部組織肉腫とは
皮膚や皮下にできる軟部組織由来の悪性腫瘍の中でも臨床的動きが似ているもののグループ名
では、似ている動きとはなに?
③軟部組織肉腫の動きの特徴 その1
局所浸潤性が強い!
かんたんにいうと、
がん細胞が腫瘤(局所)周囲にどんどん広がって食い込んでいく。
腫瘍の根が深く広くなっています。
④軟部組織肉腫の動きの特徴 その2
遠隔転移率はひくい!
腫瘍細胞が血流にのって他の臓器に飛んでいくことは少なめになっています。
この特徴を考慮した治療戦略が必要になります。
⑤治療の最大の柱は外科的切除
局所浸潤性が強いが遠隔転移率がすくない!
ということは、
最初の手術でがっつりでっかく余白をとって腫瘍を切除すれば転移もすくないので長期生存が期待できる
~がっつりでっかい余白とは、専門的にいうと腫瘤から水平方向3㎝、深部方向筋膜1枚が教科書的な考え方~
四肢に発生した場合は余白をあまりとれないので場合によっては断脚も視野に入ってきます。
ちなみに
どんなにがっつり完全切除したとしても再発の可能性は捨てきれません。
⑥がっつりでっかい余白で腫瘤切除できないと再発することもある
腫瘍の根が深いために不完全切除になると再発リスクがあります。
~不完全切除の場合は、拡大再切除もしくは放射線治療を検討します~
⑦軟部組織肉腫の一般的な特徴にも強弱がある
軟部組織肉腫の特徴は類似しているだけで、特徴の強弱もけっこうあると思います。
~個々の腫瘍を考えると軟部組織肉腫といえどもそれほど局所浸潤性の高くない(再発率低い)腫瘍もあります~
軟部組織肉腫=ただただ、がっつりでっかく切除すればいいというものではないとも考えられます。
軟部組織肉腫の個々の腫瘍を意識すると、
⑧軟部組織肉腫の中でもこの腫瘤が具体的にどんなものなのか?が重要
腫瘤の細胞診やその他検査で軟部組織肉腫を想定したうえで
さらに
何らかの組織生検を実施して
具体的にどんな腫瘍か?組織グレードは?
ということも検討してみます。
⑨術前の組織生検は大変有意義
軟部組織肉腫をどこまで切除すればよいのか?の判断は重要になります。
細胞診から一歩踏み込んだ生検で組織グレードがわかることによって、どこまで切除するかの判断ができると思います。
組織グレードが高グレードか低グレードかで
予後が違うし
再発・転移率も違う
外科切除範囲も違う
低グレードでは外科で根治も目指せると思います。
術前の組織生検は、手術に悩むオーナー様の決断材料になると思います。
術前の組織生検で低グレードの血管周皮腫と判明した場合、
必要最低限の余白での腫瘤切除で根治を目指せる可能性もあります。
そこで、血管周皮腫とは?
⑩犬の四肢によくできる血管周皮腫
ワンちゃんの四肢で比較的よくみる軟部組織肉腫として血管周皮腫があります。
膝や肘の近くでみることが多いような気が私はします。
細胞診でほぼ診断できることも多いかと思います。
私の中では、「がっつりでっかく切除しなくてもよい場合もある」と考えている軟部組織肉腫です。
細胞診からのできれば組織生検して組織グレード判定を確実にしたうえで外科切除範囲を考えることをおすすめしています。
低グレードの血管周皮腫は再発リスクが低く転移もあまりありません。
多くの場合、断脚は必要ないと思うし、低グレードなら最低限の余白でも再発が少ないと思います。根治を目指せる腫瘍です。
最終的には摘出した腫瘤の組織検査で今後のことを考えます。
軟部組織肉腫である限りどんな外科治療をしたとしても再発リスクはあります。
もちろん悪性腫瘍であるので転移の可能性も否定できません。
犬の形態を大きく損なうほどの外科手術が必要になる場合もあります。
ただし、
きちんと診断・治療をすればそれほど悲観的に思わなくてよいこともあります。
腫瘍診断・治療の基本を忠実に守ることの重要性がよくわかる腫瘍だなと私は思います。