当院では1年を通して、様々な背景を抱えた子猫が健康診断のために来院します。
~ここでいう子猫とは体重1kg以下の猫を想定しています~
~譲渡会に参加する前に一度健康診断しておこう!というオーナー様も数多く存在します~
こんな子猫に、(オーナー様の希望もあり)健康診断の一環として猫エイズ・白血病感染診断をする機会もよくあります。
そんな時、
院内簡易キットで陽性or陰性の判定をします。
判定は迅速にできるのですが、その結果の解釈について少し複雑なところがあることは以前私が当院サイトで記事(下ボタンクリック)を書いた通りです。
なので、
もう一度それをまとめて書くということはしません。
今回は、結果の解釈の中で(移行抗体の影響があるだろう)子猫だけに焦点をあてた
しかも、
猫エイズ(FIV)の判定結果だけに焦点をあてた記事を書きたいと思います。
では、
なぜ、こんな狭い範囲に限った記事を書こうと思ったのかというと…
猫エイズ(FIV)診断に関連したプロウイルス遺伝子検査の相談をよくいただくからです。
例えば、
「おたより(ブログ)を読んだのですが、プロウイルス遺伝子検査できますか?」
「簡易キット陽性だったけど、プロウイルス遺伝子検査をさらにした方がいいですか?」
「最初からプロウイルス遺伝子検査をしたほうがいいですか?」
こんな感じの相談です。
そんなこんなで、個人的見解も含めて思いつくままに書いていきます。
①院内簡易キットの難点
院内で感染の有無を迅速に判定できる簡易キットは大変便利ですばらしいものです。
ただし、難点もあります。
私が考える2つの難点をここで挙げると…
↑当院で現在使用している簡易キット。箱にも書いてあるようにこのキットは抗FIV抗体検出するためのキットです。常温保存できてパコンも必要ない(パコンがなんなのかは過去記事を参照してください)ので気に入ってます。
(1)抗FIV抗体の種類を区別できない
簡易キットによる検査では抗FIV抗体を検出すれば陽性と結果がでます。
それを検出できなければ陰性と結果がでます。
要するに、
簡易キットはその猫に抗FIV抗体があるかないかを判定するだけのものです。
それがどんな抗体なのか?
具体的に言うと、
感染抗体なのか?移行抗体なのか?ワクチン抗体なのか?
~感染抗体=FIVに曝露され感染した結果できた抗体~
~移行抗体=FIV陽性の母猫から引き継いだ抗体であり、感染によってできた抗体ではない~
~ワクチン抗体=FIVワクチンの結果できた抗体であり、感染によってできた抗体ではない~
この3つを区別できません。
なので、
簡易キットで陽性だからといって感染しているとは必ずしも言い切れません。
移行抗体やワクチン抗体を簡易キットが検出したかもしれない場合、その猫がFIVに感染しているとすぐには断定できません。
(2)抗体産生まで時間がかかる
ある日、FIVに曝露され感染しました→次の日から抗体がばっちり産生される!
→感染から数日で簡易キットで検出できるよ!
ってわけにはいきません。
感染したからといってすぐに抗体は産生されません。
感染後、急性期の症状(発熱やリンパ節腫大など)を経ながら抗体は産生され陽転します。
一般的に抗体が簡易キットで検出可能になるまで1~2ヵ月かかります。
要するに、
感染日と簡易キットで抗体を検出できる時期にはタイムラグがあります。
感染したかもしれない何かが猫の身に起きてから1~2ヵ月経過しないと簡易キットで検出できません。
↑このキットはどちらがFIVでFeLVなのかちゃんと書いてあるので誰にでもわかりやすいです。簡易キットはFIVとFeLV両方判定できるのも利点でプロウイルス検査ではFIV、FeLV別になります。簡便性、迅速性、費用面で簡易キットの圧勝です。プロウイルス検査の誇れるところは子猫でのFIV検査の感度・特異性の高さです。とはいえ、複数回の検査をすれば簡易キットでカバーできます。
②難点を考慮した対応
当院で最も多い猫エイズ(FIV)の検査対象である1kg前後の子猫
つまり、
移行抗体の影響が残るであろう子猫を簡易キットでFIV検査をする場合は
(1)抗FIV抗体の種類を区別できない
(2)抗体が産生され陽転するのに時間がかかる
という2つの難点を考える必要があります。
③簡易キットで陰性の時
(移行抗体の影響があるだろう)子猫に限って
簡易キットで陰性であればほぼ感染していないと私は考えます。
検査日からさかのぼって1~2ヵ月の間に感染したかもしれない何かがない限り陰性です。
まだ小猫なので感染したかもしれない何かが起きる確率は低いだろうと思います。
そうは言われても一度の検査で心配なオーナー様の場合、
時間をおいてもう一度簡易キットで再検査してみることを提案しています。
~こういう場合、再検査で陽性だったことは私の経験上ほとんどありません~
④簡易キットで陽性の時
(移行抗体の影響があるだろう)子猫に限って
簡易キットで陽性だからといって必ずしも感染しているとは限りません。
「感染している…どうしよう…」
とすぐに気を落とす必要はありません。
移行抗体を検出しただけ!=感染していない!こともありえます。
~母猫がFIV感染猫の場合、産まれた子猫は抗FIV抗体(=移行抗体)をもっています~
~移行抗体をもっているだけで感染は成立していません~
よって、
次の診断ステップに早速うつりましょう。
⑤再検査orプロウイルス検査
一般的な次の診断ステップは以下の2つのどちらかです。
(1)待てるなら、6か月齢以降に簡易キットで再検査
時間を待てる場合は、移行抗体の影響がなくなる6か月齢以降に(簡易キットでの)再検査をおすすめします。
~初回の陽性判定後は感染リスクを避けるために室内で大切に飼育してください~
6か月齢以降の再検査で、
陰性であれば、初回の陽性判定は移行抗体による偽陽性だったと判断できます。
陽性であれば、初回の陽性判定は真の陽性だった可能性もあると判断できます。
(2)待てなければ、プロウイルス検査
6か月齢以降まで再検査を待てない!
感染の有無を一刻も早く知りたい!
というオーナー様も存在すると思います。
例えば、
近々、猫を譲渡会に参加させたい
FIV陰性の先住猫達と隔離できないので感染の有無を早くハッキリさせたい
こんなオーナー様であれば再検査まで待てないと思います。
こういう時に利用できるのがプロウイルス遺伝子検査です。
④猫エイズ(FIV)プロウイルス遺伝子検査とは?
猫エイズ(FIV)プロウイルス遺伝子検査とは何か?を説明します。
超かんたんに説明すると、
FIV風味の遺伝子をその猫が持っているのかどうか?を調べる検査です。
猫エイズ(FIV)に感染すると、猫エイズウイルス由来の遺伝子が元の細胞の遺伝子に組み込まれてしまいます。
この状態をプロウイルスと呼びます。
感染前が無味無臭の遺伝子だとすると、プロウイルスはFIV風味がついた遺伝子
~プロウイルスはFIV風味の遺伝子であって、細胞内で量産された猫エイズウイルスそのものではありません~
こんな感じで理解していただければわかりやすいかもしれません。
当たり前ですが、
感染成立していなければFIV風味の遺伝子を猫は持っていません。
猫エイズ(FIV)プロウイルス遺伝子検査はFIV風味の遺伝子を検出する検査なので、移行抗体の影響を全くうけません。
特に半年未満の子猫の猫エイズ(FIV)感染確認にはもってこいの検査です。
ちなみに、
猫エイズ(FIV)プロウイルス遺伝子検査は血液サンプルを検査会社に送付して実施する検査です。院内で完結する検査ではありません。
それだけに、結果がわかるまでに一週間前後の時間がかかります。
⑤半年未満の子猫に有用!
このように移行抗体が検査結果に影響することはないので、プロウイルス遺伝子検査は半年未満の子猫に大変有用な検査です。
YouTubeのサムネ的に書くと…
子猫の猫エイズ(FIV)検査はこれ一択だ!!
みたいな感じです。
~再生回数を意識したサムネタイトルです~
とはいえ、
私はこれ一択だ!とまでは全然思っていません。
費用と時間がかかってもいいから最初からある程度正確に感染の有無を知りたい!
もしくは、
簡易キットで陽性判定だったので、それが真の陽性なのかを一刻も早く知りたい!
こんなオーナー様におすすめというだけでそれ以外の場合は、簡易キットでも十分だと思います。
ちなみに、
かなりの数の子猫エイズ(FIV)検査をしていますが、移行抗体の影響による(orが強く疑われる)偽陽性というのはそうそうあることではないです。
⑥プロウイルス検査は感染初期に判定可!
移行抗体やワクチン抗体の影響を受けずに判定できるというメリット以外にもうひとつプロウイルス遺伝子検査にはメリットが存在します。
(抗体産生前の)感染初期に判定できるというメリットです。
プロウイルスは感染から3週間程度で形成されるために、感染したかもしれない出来事から早くて3週間後にはそれを検出できます。
猫エイズ(FIV)感染から抗体産生→陽転には1~2ヵ月かかることを考えると、抗体産生前の早い時期に感染の有無が分かることはこの検査のメリットだと思います。
簡易キットによる抗体検査の難点を克服した検査がプロウイルス遺伝子検査と言えるかもしれません。
⑦結局、どうすりゃいいの?
ここまで長々といろいろ書いてきましたが、
結局、子猫の猫エイズ(FIV)検査はどうすればいいのか?を単刀直入にいうと
一部の場合を除いて、
簡易キット抗体検査の院内で完結できる簡便性・迅速性そして費用面というメリットはかなりデカいので、あえてプロウイルス検査を選択しなくてもよい。
~子猫の場合、抗体検査はプロウイルス検査に比べて感度・特異度が劣るとはいえ実用に耐えうる範囲だと私は考えます~
と思います。
もしも、
・(陽性判定を受けて)移行抗体の検査結果への影響が気になるならば、
~検査結果に不安があれば~
移行抗体の影響がなくなるだろう時期を待って、もう一度簡易キットの抗体検査
・抗体が陽転するまでのタイムラグが気になるならば、
感染の機会を絶ちつつ、数か月してからもう一度簡易キットの抗体検査
こうすることによって抗体検査の難点をカバーできると私は思います。
⑧じゃあ、一部の場合って?
子猫の猫エイズ(FIV)検査はあえてプロウイルス検査を選択しなくてもよい
一部の場合を除いて…
その一部の場合ってどんな場合?
~上記でも少し触れているので繰り返しにはなりますが~
場合(1) 移行抗体に結果を左右されたくない!
特に1kg前後の猫において1度の検査で感染の有無をある程度正確に確認したい場合
~譲渡会に近々参加させたい猫や隔離できる環境のない猫が対象かな?と思います~
場合(2) 早く感染の有無を確認したい!
プロウイルス遺伝子検査は感染が疑われる日から3週間経てば感染の有無をある程度正確に確認できます。
感染の有無を検出するまでのタイムラグの短さは抗体検査にはないメリットです。
感染したかもしれない出来事が分かっていて少しでも早く感染の有無を知りたい(2ヵ月も待ってられない!)ならばプロウイルス遺伝子検査を提案します。
場合(3) 最先端の検査をしたい!
プロウイルス遺伝子検査という名前からして、かっこいい感じだし最先端な感じがするかもしれません。
~私は別に最先端ともかっこいいとも感じませんが…~
結果がわかるまで1週間前後かかってもいい!
検査費用も気にしない!
最先端の検査を受けてみたい!
という希望がオーナー様にあるならばプロウイルス遺伝子検査もいいかもしれません。
⑨プロウイルス検査って…
プロウイルス遺伝子検査は子猫の猫エイズ(FIV)検査において感度・特異度が高いとはいえ、神様的な検査ではありません。
なんだかんだいって、
プロウイルス遺伝子検査も猫エイズ(FIV)のタイプによっては検出できないこともあるし、感染した次の日から感染の有無が分かる検査でもありません。
簡便性・迅速性そして費用面では簡易キット抗体検査に対して劣る検査です。
いい検査だとは思うけど敷居が高いなっていうのが私の感想です。
当院で子猫のプロウイルス遺伝子検査を希望されるオーナー様は必ず副院長を指名しての受診をお願いいたします。