当院では昨年から一般診療で手軽に使用できる動物用血圧計を導入しました。
今回は当院での血圧測定や血圧値の解釈について書いてみたいと思います。
ちなみに、
あいかわらずの長文で私見を書いているので、興味のある方のみ最後までお読みください。
①なんで動物用血圧計を導入したのか?
かなり前から導入しようかどうか迷っていたのですが、
犬のクッシング症候群、猫の甲状腺機能亢進症・慢性腎臓病、各種循環器疾患・眼科疾患などを当院で診療することが年々増えているために、
それらの疾患に対して、
動物用血圧計があったほうがもっと精度の高い診療ができるかもと思うようになり
一般医療機器である動物用血圧計 petMAP graphic Ⅱ~ペットマップ グラフィックⅡ~を導入しました。
↑petMAP graphic Ⅱは、シンプルな構成の血圧計で電池駆動でどこにでも持ち運べます。どこにでも持ち運べる初代ゲームボーイみたいな大きさと重さといったらわかりやすいでしょうか。昔、ゲームボーイブロスのCMに木村拓哉さんが出演していたのが懐かしいですね。信長まつりの「出陣じゃ」もカッコよかったです。スーパースターです。
非常にコンパクトで手軽に持ち運べるかつシンプルな構成の機器なので、私も非常に気に入っています。
動物種、カフ装着部位ごとに設計されたアルゴリズムで血圧を測定できるという優れものです。
測定アルゴリズムがよさそうというのが、いくつかある動物用血圧計の中からペットマップさんを選んだ一因になります。
ペットマップさんはオシロメトリック法を用いた血圧計なのでドップラー法に比べて信頼性はどうかな?
~各々の測定原理は割愛しますが、電子血圧測定方法には大きく分けてオシロメトリック法・ドップラー法・観血法と3つあります。身近だとオムロン様から販売されている家庭用血圧計はすべてオシロメトリック法になります。それぞれの測定方法には一長一短あります~
と思いはしましたが、
経時的に同じ血圧計で測定して値を比較していく限りはその違いを執拗に気にしなくていいのかな?と思っています。
②犬・猫の血圧の測り方!~血圧測定はかんたんなのか?~
血圧測定に限って言えばかんたんです。
~正確にいうとかんたんなように思えます…~
適切なサイズのカフを適切な部位に適切な体位で装着してボタンタッチすれば後は全自動で値がでます。
このように文字にすればかんたんそうなのですが、
適切なサイズのカフを適切な部位に適切な体位で装着
というのが結構難しくて慣れやコツがいるように感じています。
カフを装着するまでの流れを素早く、動物にストレスなくおこなうには経験が必要だと思います。
ちなみに、
カフ装着を具体的に説明すると、
サイズ別に何種類も存在するカフからその動物の大きさにフィットするものを選んで、前肢・後肢・尾のうち条件が良い場所(心臓の高さも考慮)に装着する。
いざ装着するときも、毛を下手に巻き込まないように、さらに向きにも気を付けてきちんとカフを巻く。
動物の血圧測定においてカフサイズの選択は重要なところだと思っています。
そのために、プロユースの動物用血圧計はカフサイズが豊富に用意されています。
↑カフサイズは豊富になっています。大型犬でなければだいたい対応できます。ヒトだとカフはたぶんワンサイズ展開だと思うのですが、獣医療では様々な品種に対応しないといけないのでワンサイズでは到底対応できません。ちなみに、カフを装着するとマジックテープのくっつき力を実感します。磁力とマジックテープのくっつき力は応用法も多彩ですごい発明だなと思います。iphoneでおなじみのappleさんの磁力の使い方にもいつも感心します。
だからこそ、「帯に短し、たすきに長し」みたいなことがおこりにくくなっています。カフの豊富さはネット通販で販売されている動物用血圧計との違いの一つかなと思います。
かなり個人的な見解ですが、
動物の血圧測定は「(カフの)巻きがすべて」と私は勝手に思って、巻きにはこだわっています。ゆるすぎず、きつすぎず。カフのマーカーを参考にしつつ絶妙な塩梅を探っています。
③犬・猫の血圧値の解釈によく悩む!~犬・猫の血圧の正常値は?~
動物用血圧計を導入した当初は手技の習熟のために様々な犬・猫で血圧を測定していました。
その時に思ったのは、
全体的に血圧が高いな!
ということです。
健康な動物でも当たり前のように収縮期血圧160~180mmHgが記録されることがあります。
~petMAPさんは血圧高めにでるような話を聞いたことはあります~
この値ほんまかいな!?
と思うこともありました。
このへんは、
・オシロメトリック法で測定される血圧、とくに収縮期血圧と観血的に測定される動脈圧との相関性は必ずしも高くはないこと
~観血的に測定される血圧とは、動脈血管に直接カテーテルを挿入して測定された動脈圧です~
・オシロメトリック法で測定される血圧値は動物の体動や不整脈に左右されるといったこと
・白衣性高血圧のようなこと
~白衣性高血圧については後述します~
も考慮する必要がありそうです。
毎回の血圧値の採用可否は、
petMAPに表示される測定波形(折れ線グラフや棒グラフ)がいい感じになっているかをにらめっこして決めます。
↑けっこう情報量豊富なpetMAP graphic Ⅱです。いろいろなグラフをリアルタイムで見られるのもpetMAP graphic Ⅱのいいところです。
補足として、いちおう犬・猫の正常な収縮期血圧のだいたいの目安を紹介すると
ヒトの正常血圧は収縮期血圧<120mmHgですが、犬・猫では収縮期血圧<140mmHgなのでもともと正常血圧目安はヒトよりも高めになっています。
ただ、
この値はひとつの目安であって絶対的なものではないと思っています。
なぜならば、
ドップラー法、オシロメトリック法、観血法というように血圧測定方法も様々。
カフの装着部位も様々、測定体位も様々という中、それをひっくるめて正常血圧をバシッと決めるのは難しく感じるからです。
統一された測定法と言えば、
ACVIM(米国獣医内科学会)の血圧測定法ガイドラインがあるのですが、
ガイドライン通りにいつも測定できるとも限りません。
こんな感じなので、
その時一回の血圧値(の解釈に悩む)より、
同じ測定者・測定方法・カフの装着方法で定期的に測定していくことで血圧値に意味をもたせること
が重要なんじゃないかなと思うようになってきました。
院内測定の血圧値で一喜一憂するものではないと思います。特に獣医療では。
たとえば、
収縮期血圧160mmHgでたから「高血圧だぁ!」「大変だぁ!」ではなくて
・また数か月おいて測定してどうなのか?継続して血圧が高いのか?上昇傾向は?
たしかに高血圧だったとして
・高血圧でダメージを受けやすい臓器は今の所大丈夫かな?
・裏に高血圧をひきおこす疾患が隠れてないかな?
・全身状態はどうかな?投薬歴はどうかな?
こんなことを考えることが重要だと私は思って血圧測定しています。
④白衣性高血圧のようなことが犬・猫でもけっこうありそうかな?
一臨床家としての経験談にすぎないのですが、
ヒトでいう白衣性高血圧のようなことがけっこう犬・猫でもおきている気がしています。特に猫ちゃんに。
犬・猫の白衣性高血圧については血圧関連の成書にも記述があるので犬・猫においても間違いなく存在します。
私自身も、家で血圧を測定するのと健康診断時に病院で測定していただくのとでは明らかに血圧値が違います。
家庭と病院で測定マシンの違いというのもあるでしょうが、やはり多少の緊張・不安が影響していると思います。
~家で測定すると収縮期血圧100mmHgを超えることはないのですが、病院だとなぜか100mmHgを超えてしまいます~
病院でもリラックスして平常心で血圧測定してるつもりですがなぜか家庭より血圧が多少上がっています。
ヒトですらこんな感じなので、犬・猫だとなおさらだと思います。
診察台にのって、カフをつけられて、カフに圧力かけられて血圧測定。
動物たちはリラックスしているかのように見えても、不安・興奮・心配の渦だと思います。
ACVIM(米国獣医内科学会)の血圧測定法ガイドラインには、
検査前には動物をリラックスさせることの重要性
が強調して書かれていますが、
現実には、
落ち着いてゆっくり血圧測りましょうか♪
とは程遠い動物もいます。
④犬・猫の血圧測定はとにかく時間がかかる!
非観血的な方法で犬・猫の血圧測定するときの欠点は
とにかく測定値を得るまでに時間がかかるということです。
ヒトの血圧測定の感覚で「ボタン押せば数分でおわるんでしょ」と思うオーナー様も多いと思いますが、
その感覚は正しいともいえるし、間違っているとも言えます。
たしかに
(カフ装着して)ボタン押せば数分でおわります。
~petMAP graphic Ⅱだと自動でオシログラムが作成され血圧値がでます~
しかし、
この「ボタン押せば数分」をインターバルを挟みつつ最低5セットは繰り返す必要があります。
まるでベンチプレスしてるみたいですね。
ACVIMの血圧測定法ガイドラインにも記載されているのですが1回目の測定値は破棄します。
~なぜ破棄するかの理由はここでは割愛します~
petMAPに表示される様々なグラフ・曲線を見ながら測定値が安定するまで、きれいなグラフが作成されるまで繰り返し測定します。
そして最終的に血圧値を決定します。
petMAPさんでは、測定ごとの収縮期・拡張期血圧をローソク足チャートみたいに描いてくれるので、血圧のトレンドを読みやすくなっています。
超音波ドップラー法に比べてオシロメトリック法での測定は拡張期血圧も測定できるのでその値も参考にしています。
~超音波ドップラー法では拡張期血圧を測定できません~
最後に高血圧からの臓器障害の一例を紹介します。
⑤高血圧は脳神経への影響もある!
慢性的な高血圧は、様々な臓器障害をおこします。
~犬・猫におけるその代表的な臓器は眼・腎臓・心臓・脳になります。
その中でも脳への影響を紹介したいと思います。
過度の高血圧(収縮期血圧180mmHgオーバー)が続くと、脳にも障害がでて神経症状が現れ、最悪命にかかわることもあります。
高血圧を発端にして脳内でどんなふうにどんなことが起こるのかをウルトラかんたんに説明すると、
高血圧→脳血流量増加→脳血管がぶっ壊れたり、脳の血管から血漿成分がしみでてくる(脳浮腫)
そんなこんなで、
様々な神経症状(高血圧脳症)がでてきます。
~ゴロンゴロン転がるとか、頭が傾く、性格の変化、てんかん発作、意識レベルの低下などその神経症状(高血圧脳症)は多岐にわたり、症状だけだと脳腫瘍と区別つきません~
脳浮腫の状態がさらににすすむと、頭の中の圧力がいっぱいいっぱいになり、変なところに脳の一部が飛びだしてしまい(脳ヘルニア)、脳の大事な部分を圧迫してしまいます。
ここまでくると救命が困難になります。
最悪の事態を避けるためにも、高血圧脳症の早期発見からの降圧治療が必要になります。
⑤神経症状の動物に対して血圧も測定してみる!
当院では、動物用血圧計を導入してから、神経症状を主訴とする犬・猫に対して血圧を測定してみることにしています。
今年の春頃のことですが、
神経症状が継続しているということで他院で脳腫瘍疑いとされた高齢の猫ちゃんが当院を受診するケースがありました。
~経過観察期間が長く神経症状は深刻で、しかも来院時には盲目の状態でした~
必要な検査を基本に忠実に当院で実施した結果、
↑この時はかなり高い血圧値が測定されました。ここまでくるとこの高血圧値に対していろいろアプローチする必要があります。
高血圧脳症からの脳ヘルニアと暫定診断しました。
~もちろん脳腫瘍も完全に除外できないが…ちなみに眼エコーで(おそらく高血圧からの)網膜剥離も確認しました~
~オーナー様がさらなる積極的な診断アプローチを望まれなかったために確定診断はできませんでした~
現状、診察時のルーティンでいつも血圧測定しているわけではないですが、
高血圧に関連する疾患を匂わす症状をもつ犬・猫に対しては血圧測定を実施するようにしています。
⑥動物用血圧計を導入・使用してみての私なりの感想
一般診療時に手軽に測定できる動物用血圧計が絶対あった方がいい!とは今でも思いません。
なぜならば、
獣医療では、高血圧と疾患の関係についていまだ不明な部分が多いし、その測定値の評価法についてもまだまだ分からないことが多い。
~私の勉強不足だけかもしれませんが…~
さらに
動物の血圧を再現性よく安定して測定することはかんたんではない。
と思うからです。
しかし、
(血圧計が)あったらあったで診断の精度や幅に好影響を与えるとは思います。
とにかく
新しく導入した医療機器を生かすも殺すも獣医師次第だと思います。
動物用血圧計という新しい仲間と共に病気と闘い、経験値を積んで、お互いにレベルアップしていきたいと思います。
猫の血圧測定についての最新記事は下のボタンからご覧ください。猫に特化した記事になります。