当院でも犬の僧帽弁閉鎖不全症(MR)の診断・治療をするケースがよくあります。
この疾患は、左房と左室を隔てている僧帽弁という弁が厚く変性することでうまく機能しなくなり、左室が収縮した時に左房側に血液が逆流してしまうものです。
ちなみに、
犬の僧帽弁閉鎖不全症(MR)の主な原因が粘液腫様変性僧帽弁疾患(MMVD)になります。
主な原因ということもあって犬の僧帽弁閉鎖不全症(MR)≒犬の粘液腫様変性僧帽弁疾患(MMVD)として扱われています。
近年では、大きなくくりの僧帽弁閉鎖不全症(MR)という名前より、より具体的な粘液腫様変性僧帽弁疾患(MMVD)と呼ばれることが増えている気がします。
今回の記事ではたぶんオーナー様が聞きなれているであろう僧帽弁閉鎖不全症(MR)として説明いたします。
犬の僧帽弁閉鎖不全症は、ほとんどの例で聴診時の心雑音で発見される疾患です。
心雑音聴取後のかんたんな流れとしては、
心雑音聴取→エコーやレントゲン、心電図などを用いて心臓検査→僧帽弁閉鎖不全症≒MMVDと診断→治療開始or経過観察
というものになります。
当院では犬の僧帽弁閉鎖不全症(以下MRとします)の治療をするにあたりACVIM(米国獣医内科学会)の治療ガイドラインを参考にしています。
~参考にしているだけでガチガチに順守しているわけではありません~
そのガイドラインにはMRの臨床症状や進行具合によって
「こんな薬を使ったほうがいいよ」「こんな対応がいいよ」
ということが示されています。しかもおすすめ順に。
日常の診療において、
「心雑音があって、エコー検査で僧房弁逆流も確認できるんだけど、心臓病の臨床症状はでてないよ!」
というワンちゃんをけっこう診ます。
このようなワンちゃんの治療を考えるにあたり、
心臓の形が変わっているかどうか?形態的な変化があるかどうか?
~形が変わるといってもパイナップルから潜水艦に変わるような変化ではなく、かんたんに言うと心臓が大きくなってるかどうかの変化になります~
ということで大きく2つにわけて治療を考えよう♪
それによって治療方法は変わってきますよ。
かんたんにいうとこんなことがガイドラインに書かれています。
治療法が変わるからこそ、心臓の形態的な変化をとらえることは非常に重要になります。
元気で問題なく過ごしているワンちゃんに
「聴診で心雑音が聞こえますね。今度、心臓の検査をしてみたらどうでしょうか?」
というご提案を当院からする理由は、
僧帽弁逆流があるかどうか?その他の循環器疾患ではないのか?
という診断のためはもちろんのこと
心臓の形態的な変化を的確にとらえるためです。
犬のMR≒MMVDのACVIMステージ分類(病期分類)において僧帽弁逆流があるが臨床症状がない場合はステージBにあたるのですが、
~まさしく前述の「心雑音があるし、エコー検査で僧房弁逆流も確認できるんだけど、心臓病の臨床症状はでてないよ!」=ステージBです~
そのステージBはB1とB2に細分類されていて
B1とB2の違いが心臓の形態的な変化の有無
になります。
そして、
ステージB1とB2で前述したように治療法や対応も変わってきます。
ということで、
心臓の形態的な変化をつかもう!
ステージB1とB2を区別するために昔からいろいろなものを測定してみたり、計測してみたり私なりに試行錯誤しているのですが、ここ最近私がやっていることを紹介します。
脊椎左心房サイズ(VLAS)の計測してみよう♪
難しいことはいつものように全部割愛しますが、
胸部のレントゲン写真で気管分岐部から左心房の後ろに線を引いてみて、それが胸椎何個分かな?
~かなり適当にやり方を書いていますが、もっと細かくどっからどこまで線を引くのかなどは割愛しています~
を計測してみます。
この何個分?がVLASになります。
↑当院での胸部レントゲン写真。当院ではこんな感じでCRの画像上でVLASを測定しています。レントゲンのデジタル現像はいろいろと便利ですね。いちおう、VHS計測もやっています。あっ、VHSといえばビデオ規格だと思うのですが、ベータとVHSの規格争いが懐かしいですね。ソニーはその後MDとか作ったりもするのですがそれも結局iPodとかのフラッシュメモリにやられてしまい…。ソニーと言えばスーパーファミコンから64の流れでどうしてもソニーはCD-ROMでのソフト供給にこだわり任天堂と袂をわけて…。いちどは共に同じ道を目指そうとしたのですが…。結局任天堂は読み書きの速いカートリッジを採用(ニンテンドー64)、ソニーは自社でプレイステーション(当時ですげぇCG満載を目指す)を作り、ここからプレイステーションの一人勝ちになりFF7も発売され…。64はソフト開発プログラムが変に難しくてソフトメーカーの参入が難しく。時のオカリナとかカスタムロボとか名作は多いのですが。そんなこんなで任天堂の暗黒期が始まります。暗黒期の中でも64で「どうぶつの森」を生み出したのが最大の功績でしょうか。WiiUでスプラを生み出したかのように。いろいろ書き始めるとswitch時代までの考察が始まるのでこのへんにしときます。無駄に長くなりました。わかる人だけ読んでいただければと思います。私の家電と任天堂という完全趣味の話になります。
左心房拡大の1つの指標として、ここ最近私はルーティンで計測しています。
改めてレントゲン検査もいろいろと有益な情報を得られるなぁと思います。
エコー検査の陰に隠れがちですが、レントゲン検査はまだまだ必要な検査です。
LVIDDN(体重補正左室拡張末期径)も測ってみよう♪
左心室はドッキンドッキン収縮と拡張を繰り返しているのですが、左心室が一番拡張したときの直径をちょうどいい位置でエコーを使用して測ってみます。
~左心室が一番拡張したときの直径=LVIDd(左室拡張末期径)です~
ワンちゃんはいろいろな犬種がいて体重もばらばらなのでLVIDdを補正します。
~補正計算の時にでてくる0.294乗の計算はiPhoneを横向きにして計算器アプリで計算してみます~
体重補正後のLVIDdのことをLVIDDNと呼びます。
計算機アプリが使えたらけっこうかんたんにエコー測定から数値化できます。
↑当院での心臓エコー写真。LVIDdは心電図のR波のところでの幅と自分で決めています。この画像の症例では5.85kgのワンちゃんのLVIDdが2.43㎝なのでLVIDDN=2.43㎝÷5.85kgの0.294乗=2.43÷1.6809≒1.45になります。けっこう手軽に計測できる指標かなと思います。
左心室拡大の1つの指標として、最近は計測を試みています。
~まあ、この数値だけでなんとかなるもんじゃないとは思っていますが…~
LA/Ao左心房大動脈径比も測ってみよう♪
~昔からやっていることで、最近私がやっていることではないのですが紹介します~
難しいことはまた全部割愛しますが、
左心房の直径が大動脈の直径の何倍かな?をエコー画像で計測します。
左心房拡大の評価に超重要でメジャーな指標なので昔から計測してます。
私はけっこうパッと見を重視していてパッと見、倍あるかどうか瞬時に判断する癖はつけています。
~とはいえ、きちんと1.6倍、2.2倍など数値化しての評価もしています~
↑あまりいい画像ではないですが、LA/Aoを測定しようとしてるところの画像。客観的な数値も大切だと思いますが、パッと見の間隔も大切にしたいですね。
その他の所見やVLASの数値も考慮して左心房拡大を総合的に判断していきます。
なお、当院での心臓エコー検査はこちら←要クリックも参考にしてください。
心臓系バイオマーカー検査はとりあえずやらないでおこう♪
~検討することを検討してみようと思ったりもします~
ANPやNT-proANP、心筋トロポニンというような生体内の物質(ANPはホルモンです)を測定することで心臓病のステージ分類の一助になるみたいですが、
そのような生体内物質を院内で測れるわけもなく、サンプルを作成して検査センターに提出して…検査費用もかかるし…時間もかかるし…
そんなこんなで、
いろいろ煩雑なため積極的にやるもんではないという判断で私は現状一切この手の検査を選択していません。
従来のオーソドックスな検査の精度をあげればそれで大丈夫な気がします。
~私の勝手な判断ですが…いろいろと余裕があればよい検査だとは思います~
そして、いろいろな検査の結果、
僧房弁逆流があるが臨床症状がなくて心臓の形態変化が少ない場合
要するに
①犬のMMVDのACVIMステージ分類=ステージB1の場合
ACVIMの治療ガイドラインを参考にして
経過観察
~半年から1年に一度の心臓検査をできるかぎりしていただいたうえでの~
を診断後の選択肢としてオーナー様にご提示しています。
とはいえ、
必ずしも経過観察だけではなく、
ステージB1とB2の境界線のような状況の場合
or
ステージB2にむけて動いている気がする!
こんな時は、
ピモベンダンなどの内科治療も選択肢としてオーナー様にご提示いたします。
僧房弁逆流があり臨床症状がないが心臓の形態変化が一定以上ある場合
要するに
②犬のMMVDのACVIMステージ分類=ステージB2の場合
ACVIMの治療ガイドラインを参考にして
ピモベンダンによる内科治療
を治療選択肢上位としてオーナー様にご提示しています。
昔はステージB2でアピナックやエースワーカーなどのACE阻害剤単独処方することが私自身多かったのですが、
いろいろな論文発表、ガイドラインを参考にすると長期予後に関してピモベンダン単独のほうが効果があるのかなと今では思っています。
↑当院で使用しているピモベンダン製剤の一部。動物用ピモベンダン製剤のどの添付文書にも書かれているのですが「ピモベンダンは食事の1時間前投与」が大原則です。それは、錠剤の胃の中での溶けやすさの(胃のpHの)関係があります。食事といっしょに投薬すると胃のpHが上昇してしまいます。その時の薬剤の溶け方には各社製剤によって多少差があるようです。ピモベンダンだからどれも全く完全に一緒というわけではありません。薬物動態のADMEがすべて一致ではないということです。ちなみに私が新卒のころはアカルディを使ってました。よく分包してました。いい思い出です。
とはいえ、ACE阻害剤はまだまだ現役バリバリのお薬で、
・たまに咳みたいな症状がある時
・血圧測定してみて血圧が高かった時
・お薬の値段の関係
・状態によりピモベンダンに加えてACE阻害剤も必要と私が判断した時
~ステージB2だけども、LA/AoやLVIDDN、e波がけっこう高値の時~
など
こんな時はACE阻害剤を単独or併用使用します。
~なんらかの利尿剤も使用することがあります~
当たり前ですが、
ステージB2=ピモベンダン一辺倒というわけではない!
ということです。
まとめ
今回は当院でのステージB1とB2の犬の僧房弁閉鎖不全症に対する診断と治療を書かせていただきました。
~あくまで当院での!です~
犬の僧房弁閉鎖不全症において
「この犬はステージB1」「この犬はステージB2」
というように明確に白黒つけられるケースもありますが、
う~ん、グレーゾーンだなぁ
と思うことも私の経験上少なくありません。
~同じステージB1 or ステージB2でも幅があります。CよりのB2、B2よりのB1みたいな感じで、進行度にはグラデーションがかなりかかっています~
グレーゾーンが存在するからこそ、客観的な数値だけをみるのではなく、
オーナー様のお話やワンちゃんの状態、なにより身体検査所見を大切にしながら総合的な診断をする。
そして、
その診断に基づいて、最適な治療法をオーナー様と共に決定していけるように尽力したいと思います。
結局、ACVIM治療ガイドラインを参考にはするけれども、
それに縛られることなく個々のグラデーションにあわせて治療を柔軟に工夫・適合させていくのが現場の獣医師としては大事なのかなぁと思います。