2023年も「甲状腺機能亢進症疑いの猫」や「甲状腺機能亢進症の猫」のオーナー様に大変多く来院していただきました。
「当院サイトの病院からのおたよりを読んで来ました」というオーナー様も多くいらっしゃいました。
私の記事を熱心に読んでいただくだけでなく
さらに、
診察する機会を与えていただいたことに心より感謝申し上げます。
今回の記事は「猫の甲状腺機能亢進症の診療~2023年の振り返り~」です。
もうちょっとここを説明したかったなぁ…
ここを理解していただきたいなぁ…そのためにもっとお話ししたかったなぁ…
と思ったことを書いていきたいと思います。
日々の診療を通して、
一人一人のオーナー様にお話したいことは山ほどあるのですが、限りある時間の中ですべてを話しきれません。
~ただの言い訳かもしれませんが~
なので、
このサイトを通して補足します。
①早期発見したいのだが…
猫の甲状腺機能亢進症をその症状から早期発見することは簡単なことではありません。
初期の状態で異常を感じるオーナー様はなかなかいないのが現状です。
むしろ初期では、
よく食べて家中歩き回って大きな声で鳴いている
めっちゃ元気!
と勘違いしても無理はありません。
はっきり言って、
初期は見た目におかしなところはなく、病気のようには思えません。
とはいえ、
もしもその様子が病気からのものだったとしたら病気は水面下で進行していきます。
そんなこんなで、
体重減少が顕著になってきた時に多くのオーナー様は異変に気付きます。
~体重減少だけでなく、夜鳴き・過度なニャーニャー声で異変に気付く方もいらっしゃいます~
「あれ?けっこう食べているのに痩せてしまっておかしいな?」
ということで来院されます。
②早期発見のコツは?
上記のように猫の甲状腺機能亢進症は早期発見が難しい疾患です。
ただ、
顕著な体重減少の前のかすかな異変になんとか気付きたいところです。
では、
早期発見のためにどうすればいいのか?注目すべき点はあるのか?
ということを私なりに考えてみた時、
以下の2点をよく観察したらいいかなぁと思います。
(1)定期的な体重測定
見た目や直感から「痩せたな!」と気付く時は数値的に体重が10%から20%落ちてからです。
徐々に減少しているとおそらく体重減少に気付けません。
~ゆでがえる理論のような感じです~
なので、
せめて1か月に1度、動物病院でも自宅でもいいので体重を記録することが大切です。
~ゆるやかな体重減少は甲状腺機能亢進症だけでなく様々な病気が考えられます~
食べていないわけではないのに、なんか体重が少しづつ減ってるなぁ
と感じた時は近くの動物病院に相談することをおすすめします。
(2)行動や鳴き声の観察
「なんか最近落ち着きないなぁ、家中歩き回っているよ」
「発情が来たみたいによく鳴いているなぁ」
という主訴で来院されて、検査してみたら甲状腺機能亢進症だったということもよくあります。
こういう場合は顕著な体重減少がみられていないことも少なくありません。
普段となんか違う行動という違和感を大切にしてもらいたいです。
常にそばにいるオーナー様だけが感じる違和感は、どんな病気であっても早期発見のためになにより大切です。
③意外に多飲多尿も多い印象
あとプラスαとして、
当院での甲状腺機能亢進症診断例(2023年)では、(たまたまかもしれませんが)意外と多飲多尿を主訴とすることが多いです。
猫の甲状腺機能亢進症と言えば、
食べる割に体重減少
という典型的な症状に目がいきがちですが、
多飲多尿という症状もあります。
高齢の猫+多飲多尿→慢性腎臓病
というのはその通りですが、それだけではありません。
甲状腺機能亢進症によって隠されてはいるが、腎機能が低下している猫は確実に一定数存在します。
猫の多飲多尿→Cre値は正常範囲内
しかし、もっと調べると
T4値高値
~実は体重も減少傾向だった~
ということも何例か経験しました。
高齢の猫の多飲多尿=慢性腎臓病と短絡的に考えずに視野を広げた診療を私はしていきたいです。
~Cre値が正常だからといってそれ以上の探索を怠ってはいけないと思います~
私の経験の範囲内の話ですが、多飲多尿だった甲状腺機能亢進症の猫はチロブロックでT4値を正常化させた後にCre値が急上昇ということがよくありました。
甲状腺機能亢進症の影響で多飲多尿になっているというより、隠れている腎機能低下のために多飲多尿となっているのではないかと私は思っています。
④内科治療にはチロブロック
もう何度も紹介していますが、猫の甲状腺機能亢進症の内科治療には動物用医薬品「チロブロック」を使用します。
このチロブロックについて診療中にすべてを語り切れないのでこの記事で簡潔に知っておいていただきたいことを書きます。
↑もう何度も紹介したチロブロックさん。ほとんどの症例で2.5mgを1日2回で臨床症状を改善できますが、慢性腎臓病が隠れている場合にはいろいろと薬剤用量を考えないといけません。
(1)チロブロックは病気を治す薬ではない!
猫の甲状腺機能亢進症は甲状腺の過形成や腫瘍(腺腫)が原因なのですが、チロブロックは過形成や腫瘍(腺腫)を治す薬ではありません。
T4値を正常化させて臨床症状を改善させる薬です。
(2)チロブロックに即効性はない!
チロブロックは飲んですぐに臨床症状が改善される薬ではありません。
(薬用量が適正であれば)
臨床症状改善という効果がでるまでに、飲み始めから早くて1週間、場合によっては3週間前後はかかります。
(3)副作用が起きるのは稀ではない!
チロブロック投薬後に副作用が発生する割合は10%~20%(報告によっては10%~30%)です。
この数値が高いのか低いのか?オーナー様には判断が難しいと思いますが、決して低くない数値だと思います。
私の経験では、
副作用として顔面の掻痒が2~3割の猫で発生しています。
私はチロブロックを高用量で使うことはないので、激しい下痢・嘔吐、白血球減少や血小板減少という副作用はほとんど起きたことがありません。
チロブロックは副作用がでてもおかしくない薬という認識が必要です。
(4)チロブロックを飲んだから腎臓が悪くなったのではない!
甲状腺機能亢進症の猫では、
過剰な甲状腺ホルモンの力で腎臓血流がアップ
↓
(本当は腎臓がよくないのに)BUNやCre濃度が正常範囲内
ということは比較的よくあります。
そんな時にチロブロックを投薬すると、
甲状腺ホルモンの力がダウン(正常化)して腎臓血流がダウン
↓
BUNやCre濃度がアップ
することがあります。
そうなると、
「うわぁ、チロブロックのせいで腎臓悪くなったぁ」
と誤解するオーナー様がいるかもしれませんが、それは違います。
チロブロックで腎臓が悪くなったのではなく、もとから(多少なりとも)悪かった
と考えるのが筋です。
~前述していますが、多飲多尿を主訴とする甲状腺機能亢進症の猫の症例のほとんどはチロブロック治療後にCre値が急上昇しています~
「じゃあ、チロブロック投薬なしでそのままにしておいた方が(腎臓のことを考えると)猫のためにいいんじゃないか?」
と考えるオーナー様がいてもおかしくないですが、
甲状腺ホルモンパワーでむりやり腎臓にムチを打ち続けることはよくありません。
甲状腺ホルモンパワーを放置せずに、
腎機能をモニタリングしながら(腎臓の治療もしながら)、チロブロックを適切に投薬することが大切です。
難しく説明すると、
積極的に慢性腎臓病の治療をしながら、腎臓の負荷を下げるために甲状腺機能亢進症内科治療としてのチロブロックを投与
がベストかなと思います。
(5)投薬困難な猫に外科治療をおすすめしない!
「お薬をなかなか飲んでくれないので、外科治療に挑戦しようかな?、どうしようか?」
と悩むオーナー様がたまに存在します。
そのようなオーナー様に対しては、
「投薬がむずかしい猫は、外科(甲状腺切除)を積極的にはおすすめできない」とお話した上で、お薬の投薬方法や代替手段をいろいろといっしょに考えるようにしています。
↑いなばさんのちゅ~るシリーズは投薬補助としてすごくいいものに思えますが、なぜか猫だとうまくいかないことがよくあります。特にちゅ~るポケットはサイズがちょっと大きいのではないかと思います。
では、なぜあまりおすすめしないのかというと、
外科手術の後、甲状腺機能低下症や低カルシウム血症になることもあり
その時に、
投薬が困難な猫だと対応できなくなりかねないと考えるからです。
もっと簡単にいうと、
術後なんかあった時に投薬困難な猫だと困るからです。
外科治療を適応するかどうかは、
・猫の年齢
・甲状腺腫大が片側なのかor両側なのか
・一般状態
そして、
・投薬を継続的にできるか否か
などから総合的に判断します。
投薬が困難→外科治療にしましょうとすぐにはなりません。
⑤薬物療法以外に食事療法もあるが…
猫の甲状腺機能亢進症の治療法には、チロブロックを投薬する薬物療法以外に食事療法もあります。
たとえば、
ヒルズ様の猫用 y/dドライを用いた食事療法があります。
たしかに、
y/dだけ1か月間食べ続ければT4値は低下するし臨床症状も改善します。
~即効性はチロブロックと同じようにありません~
チロブロックのような薬物を一切使わずに食事管理だけで治療できることが食事療法の最大のメリットです。
とはいえ、
それだけを一生食べ続けなきゃいけない!
というのが個人的に好きではないので、食事療法は現在あまりおすすめしていません。
~やっぱりいろいろな美味しいものや嗜好品も食べたいんだもん♪という私個人の考え方からです~
~あくまで薬物療法が確立されている甲状腺機能亢進症の猫において食事療法をすすめていないということです。その他疾患ではすすめることも当然あります~
過去には、
食事療法の結果、臨床症状が改善することで多食もなくなって普通の食欲になった
↓
嗜好性が高いとはいいにくいy/dを食べなくなっちゃった
~多食の時は食べたが、食欲が普通にもどったらy/dを食べなくなってしまう~
ということもありました。
現実として、
かんたんなようでむずかしいのが食事療法だと思います。
⑥外科治療もあるが容易いことではない
(外科治療のことは内科治療のところにもすこし書いています)
外科治療(=甲状腺切除)も甲状腺機能亢進症の治療選択肢として存在します。
外科治療の最大のメリットは根治を狙えるということです。
~切除した甲状腺組織を病理検査に提出することもできます~
さらに、
即効性もあります
外科治療はたしかに魅力的です。
しかしながら、
外科治療特有のリスクも存在します。
たとえば、
甲状腺周辺には微細な神経や血管、上皮正体が存在するために、術中それらにダメージを与えることによる合併症のリスクがあります。
合併症は時に命に関わることさえもあります。
そして、
めちゃくちゃ小さい組織を切除するにはそれなりの外科スキルが必要になるので、どこの動物病でもできる手術ではありません。
もしも、ヤングな猫で外科適応できそうであれば治療選択肢として提示するかもしれませんが、老齢猫では原則私は提示していません。
以上、猫の甲状腺機能亢進症の診療~2023年の振り返り~でした。
この記事を通して、猫の甲状腺機能亢進症の早期発見・治療法の理解につなげていただければなぁと思います。
甲状腺機能亢進症などの内分泌疾患に関しては必ず副院長指名で来院していただくことをお願いいたします。
↑「続 ネコの甲状腺機能亢進症」はこちらです。
↑「そしてまた、ネコの甲状腺機能亢進症」はこちらのページです。
↑「久しぶりに、甲状腺機能亢進症」はこちらのページです。